したでした - 転入したのは睦月小嶺でした

 
 ーー。

 春の昼空は、なぜか心が落ち着く。


 冬を終えて寒さもどこかへ去っていき、かといって夏のようにうだる暑さに悩まされるようなこともない。最近の春は雨が多いけれど、今日に限ってはそんなこともない。
 
 暖かい南からの風が、絶えず頬をなぞっていく。
 
 わたしの地元では、この季節はまだ冷え込みの続く季節だ。慣れているとはいえども、寒い季節であることには変わりない。みんな暖かくなるのを待ち望んでいるのだ。それを言うと文句を言い出すスキーヤーの友達もいることにはいるけれども、それは例外だ。


 そう考えると、\"首都東京”に出てきた15才のわたしは幸運なのだろうか。


 確かに幸運かもしれない。しかし、想像を裏切られたことも多かったーー。

 
 手元の時計が10:45を表示している。上京祝いに親に買ってもらった時計だ。ただしデジタル表示。感覚的に時間がわかるアナログ方式が流行だっていうのに、まったくうちの親は時代錯誤もはなはだしいところだ。悪気はないんだろうけどさ。

 ほんのちょっと前まではデジタル表示も流行っていた。けれど、今や文書作成にキーボードすら必要としない時代。ありふれたデジタル表示は、陳腐になった。

 キーボードを使わない入力方法、それはすなわち感情入力だ。脳内の信号を検知し、その情報をもとにやるという画期的発明だ。まぁ、わたしが文書を撃つときはヘンな文言が打ち込まれてしまわないように、あえて古くさいポコポコと打鍵するものを使っているのだが。

 ヘンな文言は訂正すればいいじゃないとよく指摘される。そりゃあ、まちがって打ち込んだものは訂正がきく。デジタル社会はそういうものだ。考えてみれば、わたしも親に似て時代錯誤と思われているかもしれない。慣れている以上離れられないものがある。

 
 今、目の前に見えているのは、群青色の空。

 ベンチ4人分を占領している。まわりに誰もいないから構わない。誰かきても、文句を言われない限りここから動くつもりはないが。


 わたしがいるのは、校舎だけは大きい中高一貫校の屋上だ。なにかと暇をつぶすのには適しているところだと思う。あ、こんな時間帯に受講していないのは、サボりとかではない。

 単純に先生が、今日は眠いからしばらく寝かせてと言い出したのである。

 長野からきて驚いた。東京の学校はあまりに自由奔放すぎると思う。もうちょっとこう、都会の厳しさというものを味わうのかしらと覚悟していたのだ。先生が寝たいから授業がなくなるなんてのはまずなかった。

 ーーどうしてこうなった。


 やっぱり生徒が少ないせいか。

 
 二回目の東京五輪というビックイベントが終わってからというもの、東京にあった各省庁が次々と地方移転をはじめ、それにつられて大企業の本社も続々移転したという。もちろん、その有様を知っているのは、わたしの両親とその上の世代くらいだ。

 日本全体でIターンブームに\"おちいった”と、ついさっきから手元の透明ウィンドウに表示させている中学教科書には書いてある。


 やれやれ、現代人はつくづく不思議な考え方をしているものだと思う。どうしていきなり珍奇な流行で、社会構造をひっくり返すのか、本当に謎めいた生態である。


 ともかく記述によれば、そのおかげで2108年現在、東京に残されたのは各公私団体が使用しているスーパー中央コンピューターだけである、と。人口一位の都市は、長野。


 どうりで東京に来てから、繁華街といえるような場所はもちろん無く、人混みでさえ一度も見なかったのだった。あぁそういうことか。


 見て回った感覚からして、この学校もIターンブームの影響をもろ受けてしまったらしい。

 上空からだと、リボンか、またはLの筆記体のような形をしている校舎は、2000人収容の学校施設だったらしい。しかも男子校。オール男子・・・・・・わたしなら、足を踏み入れた瞬間に気絶しかねないような男社会である。なんか生理的に無理だ。

 で。現在の全校生徒は5人。共学にはなったが、墜ちたものだ。

 転校生であるわたしがこういう発言をするのもどうかとは思うけれどーー。




「あ、転校生、ここにいたの。・・・・・・そこでなにをコソコソとやっているの?」


 革靴特有の足音が近づいていく。これは邪魔者が来たらしい。せっかくの心地いい休み時間を潰そうとするやからが、ここにっ。小嶺は、慌ててホログラムデスクトップを隠そうとしたが間に合わなかった。


「なにを恰好付けた文章かいているの?」

「恰好付けた・・・・・・」


 小嶺にとって、それはあありに聞きづてならぬ表現だった。少なくともあなたよりはいろんな面で常識的だといえるわ、なんて言い返してやりたくなったが、転校生という立場上の問題がそれを阻害する。


 小嶺は感情を落ち着けるために、自分から話題転換した。


「え、えーっと・・・・・・また会いましたね。吹寺妹ちゃんもここが好きなの?」

 小嶺の目の前で仁王立ちしている小柄な少女こそが、吹寺妹と呼ばれた少女、だ。しかし校舎屋上という場所が悪い。その姿勢だと思いっきりスカートがめくれているのだが、そして季はそれに気づいたのだが、あえて何も言わなかった。

「NPCに何度も話しかけた時みたいな返答をしないで。・・・・・・まぁ、いいわよ。アタイはここが特別好きとかそういうことはないわ。片品先生が寝ちゃったんだから、仕方なく」

「起きそう?」

「だめよ。あれは当分の間、爆睡ね」

「ふーん」

 さりげなく返した小嶺に対して、吹寺妹は猫のように噛みついた。

「いちおうあなたは転校生、わたし在校生。立場くらいわきまえてしゃべりなさい。早い話、敬語を使うべきだわ。あと吹寺妹って呼ばない! アタイの名前は季よ、忘れたの?」

「ご、ごめんなさいっ。?、わたしの方が学年は上・・・・・・」


 小嶺は体言止めという、日本語最強の敬語回避手段を駆使して、場を切り抜けた。
 季は、なっ、という顔をした。つっかかることがあるらしいのだが、うまく言い返す言葉も見つからず、不満げに押し黙るしかない。


「なら・・・・・・い、いいわよ・・・・・・」

「今後ともよろしくね、季さん」

「よ、よろしく」


 この転入生、外面オドオドしている風体でありながら、そのこだわりは並外れている。季はそんな畏怖の念を抱いて、あっさりと諦めたようだ。
 
 文章作成の手が止まってしまった小嶺だったが、その手を再開させようとはしなかった。


「アタイ、もしかして邪魔しちゃった? なんか凄まじいスピードで古ぼけたキーボードを叩きまくってたけど」

「邪魔なんかじゃないよ。そこにいてくれて大丈夫。これはそのーー単なる一個人の趣味みたいなものだから」

「趣味ーーずいぶんと変わった趣味をお持ちのようね・・・・・・」


 季は訝しげに小嶺のことを眺めつつ、一つ隣のベンチに腰掛ける。片方は肩の力を抜いて一つの椅子を使い、片方は4席を占領して寝っ転がったままだ。


「小嶺っち」

「ん?」

 ↑これは小嶺の本心とはまったく逆の言葉だった。これは自分の名前をモジられた、いわゆる\"あだ名”であると分かっていた。
 中3のくせに、もうちょっとこう、センスのかいま見えるものを求められないのか。


「季はあなたのことを、小嶺っちと呼ばせてもらうわ」

「拒否します」

「うわわっ! あっさり拒否されたぁー」


 脱力感溢れる少女が、さらに脱力しているのが小嶺には分かったが、放っておいた。

 頭上を薄い雲が通りすぎていく。
 今日は本当にいい天気だ。もちろん寒いわけでもないし、かといって暑いわけでもない。

 風の音だけが辺りを包んでいる。ほかの音はいっさい聞こえない。あまりに静かなので、屋上から見渡す限り広がる都内のベッドタウンが、小嶺にとってなんだか不自然だった。


「ここって、万一の時に救急車とか来てくれるのかな?」

「どうしたの、急に。質問?」

「うん質問。東京に来たはいいけど、ちょっと、というかかなりイメージと違っていたから」

 日本の中で最も発達した都市と聞いた割に、人に会わないのだ。

「来るよ、無人だけど」

 無人の救急車。
 さすが東京。自動化できることはなんでもやってしまうのがセオリーらしい。人件費削減という上では、確かに合理的で無駄がない。国会の所在地、いと優秀なり。

「では情報料を頂戴しようかしら?」

 季が無邪気に言い張った。

「なあに? その奇妙な制度。・・・・・・じゃあクーリングオフ」

「そこ、べつに変な人でもいたみたいに目をそらすところじゃないから!」


 喚く中学生を横目に、小嶺は別の人影を見とめていた。長身に男子生徒用の制服を身にまとった人物。彼は転落防止のフェンスに寄りかかって暇を持て余しているようだ。
 
 季がそれに気づいている様子はまったくない。


「しっかしあの先生、もうちょっとこう、生徒へ配慮するって姿勢はないものなのかしら。間がひどい。悪すぎる。そのせいで本当に退屈」


 季は言葉通りの退屈そうな顔でグチをもらした。

 小嶺の共感を誘っているのが、よくわかる。小嶺も実際のところやることもなく(正確には最後の暇つぶしであった作文すらできない状態を強いられ)退屈していた。


「そういえばあなた転校してきたんでしょ。もといたところにイイ感じの男がいたら紹介してくれない? 頼むよ、小嶺っちぃ〜」

「今度それいったら利き手へし折りますからね」


 つまらない時に限って敬語を使っていく、そんなスタイルに小嶺は走った。

 だいたい、季のような甘ったる〜い女の子がモテる対象は、ろくな男ではない。基本的に教室のいすにちょこんと乗っかっているような、もの静かな女の子でいるべき。


「この学校にも男の人くらいいるでしょ? わざわざ私の領域に踏み込んでまで男を探すまでもないはず」


 そう助言した。一人くらい男友達がいればそれで十分だと小嶺は思っていた。簡単なことなのだが、季は苦渋の面持ちになった。


「ん〜。ま、確かにいないわけでもないけどね・・・・・・先生が一人と、アタイの兄貴だけ。だれもわたしの恋するテリトリーにはいないよー」

「そのうちの一人、背の高そうな男性が屋上にいらっしゃったみたいだけど」

「え? 背の高いって・・・・・・あのバカ兄が?」


 あ、今こいつ地雷踏んだ、と小嶺は心でつぶやいた。
 ーー迫る靴音。

「誰がバカ兄だって? いいだろう、具体的に名前をあげてみろ」

 そのハキハキとした声が間近に聞こえて、さすがの小嶺も飛び跳ねそうになった。気配はないのに、気配が存在に変わったときの威厳が大きかったのだ。 

 そして隣であがるのは、悲鳴にも声にも似つかない叫び。


「ぢょ、にいぢゃん、ホントにいだいからっ! ぁ、っだだだだだだだーーごめんなさいごめんなさいっ! バカ兄っていって悪うございましたぁー!!!」


 小嶺がおそるおそるさっきまであれほどまでに先輩面してきた季が、本当の先輩にヘッドロックをかけられているところだった。この、あくまで\"常識の範囲内”で愛しの妹に鉄拳制裁を加えている男子生徒こそ、本校生徒会長、吹寺光臣である。

 気を失う寸前にフラッとなったところで、ようやく季は解放されたようだ。

 兄、恐るべし。体格自体は細いのだが、これほどまでにガチガチに固められるなんて。いつかその技を伝授してもらいたい願望が、小嶺には生まれたのだった。


「うぅ。痛いを超えてもはや走馬燈が見えかけたよぉ、お兄ちゃんってばぁ」

 季が、まるで頭をかち割られたみたいな声を出して座り込む。あれだけ強い力で押さえつけられたはずの髪は、なぜだか少しも乱れていない。

 それだけ吹寺兄は\"落とし”のプロフェッショナルなのだろうか。

「それがどうかしたか? 安心しろ。走馬燈が見えても、意識が飛ぶ寸前で寸止めしているのだから命どうこうという問題は、まだ愚問みたいなものだろう」

 兄に言い返すのは無駄だと思ったのだろう。季は小嶺のほうにすり寄ってきた。アーレータスケテーと必死に懇願している、鬼に追いかけられた若い娘のようだ。しかし、あいにく小嶺は転校生ーーそれ以前にこの学校に所属する身なら、この人に刃向かってはいけない。

「んっ? 睦月さんもここにいたのか。すまないな、このはしたない妹がどんちゃん騒ぎを起こしてしまって。ーーおい季、まさか他にも迷惑かけてないだろうなぁ?」

「か、かけてないわよっ!」
 
 心当たりがあるようで動揺している返答。

 その横。
 睦月さんと、先輩に名字+さん付けで呼ばれた小嶺は、照れたのを隠せなかった。それを見ていた季には不満でもあったのか、な〜んでここまで扱いが変わるの・・・・・・と、つぶやいた。


「我が妹、季よ」

 光臣があらたまる。小嶺からしても、あざといくらいに。

「なに、まだ文句があるの?」

「いつかこの学校で噂された、俺が地獄耳だというのは事実だ。今それを認めてやる。
 ・・・・・・おっと、その前に睦月さん。あなたは図書館に行っててくれ。先生が珍しく予定より早く起きたんだが、なにせ睦月さんの場合、教科書の配布が特殊だからな」

「は、は〜い」

 小嶺は、そそくさと屋上をあとにした。

 小嶺には分かった。この場で席を外させようとした理由が。いわゆる(察し)である。

この小説について

タイトル 転入したのは睦月小嶺でした
初版 2017年5月3日
改訂 2017年5月3日
小説ID 4933
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