RED ARROW - 〜紅の護り人;最終章〜

『最終章〜生まれてきた理由〜』

真っ赤な巫女服が駆けてくる。

空中で竜と対峙し、
もう片方の前足に狙いを定めていた
白珠が気付いた。

「手を離したか、紅矢」

冷静な瞳が足元を確かめる。

一度踏まれたのか
満身創痍の酒呑童子が、
同じように燃え残った魔物と闘っている。

鬼軍団だけは、
まだまだ戦意を失っていないようだ。

少し離れた場所で翁天狗が、
虫の息で転がっていた。


「運命とは。切ないものよ」

何かを変えようとしたわけではない。

白珠神にとって、
人の世の行方など、どうでも良いことだ。

例えばこの島が沈んだとしても、
神の居場所は消えない。
……真琴の瞳に反応しただけだ。


「では、わたしが貰い受けよう」

白珠の視線が戻り、
動いたように見えた腕の先で、
竜の前足が斬り飛ばされていた。

痛がる竜の、
大きな口から溢れる咆哮がまた竜巻を起こし、
バランスを失った真っ黒な巨体が倒れていく。


「真琴!真琴っ!」


火口湖付近まで近付いた紅矢も、
倒れてくる巨体には気付いていた。

巻き上がる土煙と、
揺れる地面に邪魔されて、
思うように動けない。

「くそおっ」

血眼で真琴を捜す紅矢の全身が、
引っ掻き傷で痛々しい。


倒された大木の枝に、
弓の弦が引っ掛かった。

「邪魔だ!こんなもん」


怒りに任せた紅矢の手から、和弓が離れる。

そのタイミングで竜巻が、小さな身体を襲った。


ゴミ屑のように、
力を失った翁天狗が
吹き飛ばされていくのが見えて。

「翁っ」

思わず腕を伸ばした紅矢に向かって、
根こそぎ抜かれた倒木が襲いかかる。


すべてが土煙と轟音に包まれて、
視界から消えた。



「……しらたまちゃん」

浮遊感に、閉じていた目を開ける真琴。

「そなたは、何がしたいのだ」

無謀な特攻から掬い上げて、
真琴は今、白珠の腕の中にいる。

蠢く巨大な竜、
その下敷きになって瀕死の妖怪や魔物たち。

それらを空から見下ろしながら、
白珠は真琴にそう訊ねた。

「しらたまちゃんは神様だから」

距離感に、頬を染める真琴。

幼い頃から大好きだった、
西風に包まれる感覚が甦っていた。

「結界に『為る』ことは出来ないでしょ」
「……そうだな」

言葉を切り、真琴は下界を見た。


「あの穴を塞がないといけないのに」
「確かに。天狗や鬼では、役不足だな」


気付いていたのか、この巫女は。


腕の中に閉じ込めた、
白く細い身体がふわりと温かくなった。

伏せたまつ毛を濡らして、
透明な水が一滴、下へ落ちていく。


「私が……」

言葉が続かない。

覚悟と恐怖は別の場所にある。

紅矢の笑顔が浮かんだ。

生意気で、我ままで、俺様で……優しくて。


「護りたい」


生まれ故郷の景色が次々に浮かんで消えていく。

春日さんの底抜けに明るい笑顔も。


「しらたまちゃん。私」
「もうよい。何も言うな」

視界が塞がれた。

渋柿色の着物の中に、
強く抱き締められる真琴。

風の香りを強く感じて、真琴は目を閉じた。


ざわめく心が、凪のように落ち着いていく。


時間が止まり、やがて、白珠が囁いた。


「覚悟は出来たな、真琴」
「はい」


穏やかな顔つきにもう恐怖はない。

「案ずるな真琴。そなたは、わたしに選ばれたのだ」
「えっ」

問い返す暇もなく、
火口湖に向かって急降下する2人の身体。

穴を塞ぐ邪魔な竜の巨体を、
真上から白珠の刀が貫いた。

片腕に支えられた真琴は、
鋼鉄の鱗が
黒雲に戻るのを目の当たりにする。

辺り一面を焼き尽くして、ようやく、
強敵だった竜の存在が消えた。


降り立った火口湖の中心には、
底知れない深い穴が開いている。

「紅矢に」

ふと、真琴が振り返った。

「会いたかったな」


そんな感傷に浸るには、
なんとも風情のない光景だった。



焼け爛れた山肌。

霧散していく妖怪や魔物の残骸。

真琴の長い髪を揺らす山風は、
焦げた木々の臭気で汚されていた。


「真琴」

白珠が穏やかな表情でその名を呼ぶ。

「また、会えるであろうよ」
「そうなの」

確信のある言い方に、真琴が白珠を見上げる。

その澄んだ瞳を見つめ返して、
白珠が小さくあごを動かした。

「あちらは忘れているやもしれぬが」

白珠の手が、そっと真琴の背を押す。

「さあ。行こうか」
「しらたまちゃんも、行くの」

焔翠玉を胸に抱える真琴。

「途中まで送ろう。独りで行くには不安であろう」

白珠の声は優しかった。

「……ありがと」

ふと、思い出したように、白珠が訊ねた。

「真琴。そなた、春日の守りを持っておるな」
「はい。ここに」

袖口から取り出した
春日さんの手作り御守を、
白珠が受け取り、その場に置いた。

「これは紅矢への餞別だ」
「うん」

地面に置かれた御守を、
横目で見ながら、
祈りの姿勢をとった真琴が先に降りていく。



巫女を支えていたはずの白珠神が、
その場から動くことはなかった。



何の前兆もなく、深い穴が消える。

初めからそこには何もなかったように、
6番目の火口湖も、消えてしまった。


残されたのは山火事の跡と、

「白珠。真琴はどこだ」

消えかけの魂でようやく辿り着いた紅矢。




この惨状の中で涼しい顔をして立つ白珠は、
やっぱり淡河に似ている、と思った。


黙って示す指の先に、御守が落ちている。

「これ。おばさんの、御守……」

震える手で御守を拾い上げた。





その瞬間、空間が歪み、
宇宙(そら)へ放り上げられるような感覚が
紅矢を襲う。





時間への無理な干渉は、
小さな人間など簡単に破壊してしまう。









気が付くと、
緑の草むらに横たわっていた。




ひやりとした風が髪を揺らし、
額に触れていく。

誰かの指先のように感じて、
少年は周囲を見回しながら起き上がった。




「あっちに展望台があるって」
「行ってみようか」

登山の恰好をした人々が、
景色の一部みたいな彼を
無視して通り過ぎていく。

「温泉まだあ」
「もう少し頑張って歩いて」


『……当園の営業時間は日没までとなっております……』


観光客の楽しげな笑い声、
スピーカーから流れる音楽と案内放送。

直射日光に目を細めて、少年が立ち上がる。

眠りは深かったようで、足元がふらついた。


『左 展望台 春日神社』 
『右 秘郷 真琴温泉』


その背後に、
大きく立派な看板が建てられていたが、
少年は振り向くことなく歩き出す。

「あのう」

声をかけられて顔を上げた。

「この先に、旅館があると聞いたのですが」

慣れない山歩きで
疲れきった表情の老夫婦が、
膝を震わせながら少年を見上げている。

「ご案内しますよ」


そうだ、休憩中だったんだ。


濃霧が晴れるように、すっきりとしていく意識。


「ぼく、そこの従業員なんで」
「ああ。よかった」

営業スマイルで、少年は手を差し出した。

「お荷物も、良かったらお持ちしますよ」
「すみませんねえ」
「ご予約のお名前は」
「渡辺ですう」


天気の話。

有名な秘湯の話。

3人はのんびり談笑しながら、
きれいに整備された山道を歩いていく。


快晴の空が、
どこまでも青く澄み渡り、
雪を残す山頂をくっきりと浮かび上がらせていた。





=END=
2016/05/23




<エピローグ>

数年前にテレビで紹介されてから、
急激に観光客の増えた山の温泉。

怪我や病気に効くと伝えられ、
湯治客が後を絶たない。

霊験あらたかと噂される秘湯の足元には、
新しい宿場町が出来る勢いだった。


観光用にはまだ整備されていないが、
山の頂上にある源泉まで辿り着くと、

巫女服を着た少女を見かける人もいるらしい、と、
噂されていた。

彼女の姿に気付くと
その後
不思議な現象が起こるとか起きないとか。




この温泉街では時々、
子供が白く光る石の破片を拾って帰るが、
いつの間にかなくなっている。





==========2017.5.9==========

後書き

最後まで読んでいただき
ありがとうございました。
最終章には、「もしも」という
分岐点がいっぱいあります。
・紅矢が真琴の手を放さなかったら
・真琴がお守りを持ったままだったら
白珠神は、分岐した先の、
全ての未来を見ていたと思います。
選択したのは、その時代に生きる人間達。
あなたは、どんな未来を望みますか?

この小説について

タイトル 〜紅の護り人;最終章〜
初版 2017年5月9日
改訂 2017年5月9日
小説ID 4935
閲覧数 80
合計★ 2
アクアビットの写真
ぬし
作家名 ★アクアビット
作家ID 666
投稿数 29
★の数 67
活動度 7901
継続の大切さと恐ろしさを実感する今日この頃

コメント (2)

そら てんご 2017年6月1日 4時56分54秒
一気に最後まで読ましてもらいました。

正直言って私は「風のソウタ」のほうが好みです。(^_-)-☆

色々と文体を研究しておられるようですが、時として回帰することも大事だと思います。

★アクアビット コメントのみ 2017年6月12日 15時31分49秒
そらさんへ>>
完読、ありがとうございます!!
比べると「ソウタ」は、
キャラクターが先に産まれた物語なんですよ。
その辺りで、勢いとか、空気感とかが変わるのかな、と。
考えてみたりしました〜〜
名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。