散文詩『幼年期〜十七歳』

この小さな命に宿るものの正体なんど知りたくもない。


村外れ山奥の炭焼き小屋のあばら屋で、一家四人、湧水を飲んで過ごしたこともある。
  
幼年期十五歳で十数回の引越人生。町はずれの元・赤痢病棟でも一、二年過ごした。

病棟独特のシンプルな間取りは入所、出所が簡潔に行われる配慮に基づくものだ。

何人の魂がここから旅立ったのであろうか、住居から離れた場所の共同トイレ。

ここには電灯もなく、草むらの虫の鳴き声がせめてもの生きている証し、怖かった。

中板を沈め間違うと、熱かった五右衛門風呂。その生活に不便さなど感じたことはない。


小学五年生、豚のエサを運ぶのに毎朝、自転車に一斗缶を背負い残飯収集だった。

運搬中に転倒し、そこから先が思い出せない。だから本当の惨めさなど解らない。

考えてみれば不幸をいつも置き去りにして、我は歩んだ。

なぜならば我を不幸の淵に落とすものの正体を知っていたから、平気だった。


幼少期から虐めと呼ばれる日々を過ごしていたのにも関わらず、我は無頓着であった。

むしろ虐める相手に向かって突き進んでいく、そんな笑顔の我であった。

その剣幕で相手は怯んでいたように思う。そしていやおうなく我を受け入れてくれた。

すると虐めの言葉が、天然の我の前で何度も色あせていった。


考えてみれば悲しみをいつも置き去りにして、我は歩んだ。

小学校、一歳違いの弟を引き連れて、行先は学校よりも貯木場だった。

教科書よりも漫画本が貴重な日々であった。文字は漫画本で学んだのだ。

いつも一緒のその一歳違いの弟が死んだのは五年生。悲惨な医療事故だった。

亡骸で帰ってきた弟の冷たい足に触れた。記憶にないが、きっと我は泣かなかった。

そう我を不幸の淵に落とすものの正体を知っていたから、平気だった。


五体を走る危ういほどの細い血管よ、よくぞ耐え忍んだ。

心臓が飛び出るほどの山道を、足元を睨みつけて登ったあの日は十六歳。

振り返れば何もかもが未知の輝きを放っていた、歓喜の四国の三嶺よ。

山頂に登り詰めた時の喜びを我が命は知っている。


山を下りた我は、誰にも行先を告げずに放浪旅。

和歌山でバイトをして、ヒッチハイクの行先は霧の摩周湖だった。

そう絶対に霧に隠れた摩周湖であらねばならなかった。

得体の知れない思春期ゆえの渇きがもたらす、無謀な旅だった。

一体、何人の人々と交わした一期一会、その瞬間に未来を手元に引き寄せた気がした。


夜露に濡れたレンゲの上で、意味もなく大地に押し付けた下半身。

だが強い土の香りの中で意味は知っていたし、羞恥心もあった。そして虚しさも。

それはきっと我が魂が大地の強さに抗っていたのかも知れない。

その時の我は、なんだって出来る強さと、どうしたらいいのか解らない悲しさに、

胸が押し潰されそうだった。


大人のようで子供だった我が青春。

彼女と一緒に逃げ出す勇気が、そこには無かったし気付かなかった。

十七歳・桂浜の別れは、幼い我が惨めさを思い知るに十分な記憶となった。

『……あなたは子供だわ』

取り残された我は、走り去るバスの後ろ姿を目に焼き付けたのだった。

充分にセンチメンタルな筋書きだった。それでも我は泣くことを知らなかった。

だから変に大人びた腹いせで、はりまや橋の商売女のもとを訪れたのだった。


親に尋ねた訳ではないけれど、自分のルーツは騎馬民族だ。

それも定住の場所を持たない遊牧民である。きっとそうであるに違いない。

何故ならば夜空の星を見つめていると、その星々の一つ一つの悲しみが分かるから。

そして天涯孤独な心のありかを、探し当てることができるから。


我が魂は幾千年を通り過ぎ、薄れていく記憶の曖昧さに負けないで前を向いて逝く。

この先できっと我を待つ人が居る。そう両手を広げて、万感の笑顔を携えて。

充分に孤独をもてあそび過ぎた道程よ、今再び胸を張り声高らかに謳おうじゃないか。

張り裂けんほどの歓喜を湛えて、孤独の山を今再び登りきろう。絢爛たる明日を夢見て。

だから今は、せめて今ひと時は、この小さな命に宿るものの正体なんど知りたくもない。

何故ならば何れかに我を歓喜の淵に導くものの正体を知っているから。


H29/6/12  67歳を先日超えて……。


PS 
一匹のカラスが目の前を通り過ぎる。

もしかしたらあの日のカラスかも知れない。

あの鋭くて冷ややかな目の輝きは、底の見えない寂しさに覆われている。

なんども死線を乗り越えてきた賢さと、人を見下す狡猾さを兼ね備えているようだ。

環境がどうにかなったとしても、彼はおそらく動じないだろう。

北のミサイルが飛んでこようが、核爆発が起きようとも、ひょいと飛びのいて、

カァカァカァとあざ笑い、軽妙にダンスを踊りながら逃げていく。

時に思慮深い顔をして、クルミを歩道に転ばすあたり、食わせ物のカァカァカァ。

彼らほど肝の据わった種族は、この世には存在しないかも知れない。

幼馴染のカァカァカァ。

後書き

おまけ付きです。

この小説について

タイトル 散文詩『幼年期〜十七歳』
初版 2017年6月12日
改訂 2017年6月12日
小説ID 4948
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そら てんごの写真
ぬし
作家名 ★そら てんご
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コメント (2)

★アクアビット 2017年6月26日 4時56分44秒
大切に、読ませていただきました。

そらさんが、生きて、今、こうやって
文字を綴ってくれていることが、嬉しいです。
匿名 コメントのみ 2017年6月26日 19時12分55秒
アクアビットさん

ありがとうございます。

自分の秘密の一端をさらけ出せるぐらいの年齢になったのだなあと

恥ずかしく思うちゅうがです。( ´艸`)
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