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 確実なのは、吉村岬を問いただすことだ。相合傘の落書きを前に、これに心当たりはないか、と尋ねるのだ。ただし、同時に不用意でもある。もし吉村岬の手による別の『タカシ』との恋の成就を願うものだった場合に、お互いにたいへん気まずい思いを強いられることになる。
 あるいは万が一、渡辺崇がそうであるかもしれないように、その落書きをきっかけとして吉村岬のほうにもおかしな感情が芽生えてしまったなら、図らずも俺は恋のキューピッド役を果たしてしまったことになる。それだけは勘弁願いたい。
 俺は、渡辺崇が脆くも撃沈される様を見たいのだ。べつにうらみはない。懸念されるとおりに俺を利用しようとしているのなら多少憎らしくもあるけれど、でもまあ単におもしろそうだから見たいのだ。
 彼が勘違いをしているのであれば、そのまま突っ走ってくれれば遠からず望むものが見られたはずだった。だがそううまく事は運びそうにない。当初の浮かれっぷりから打って変わって慎重なスタンスで、こざかしくも外堀を埋めようと考えているふしがある。
 彼は吉村岬の親しい友人たちにも注意を向けるよう指示してきた。そこから得られる吉村岬についてのさらなる情報を期待するのはもちろんのこととして、あわよくば本人と接触するための足がかりにできないかと検討しているのだろう。いずれ、その尖兵として彼女たちの元へ向かうよう俺に要請してくるに違いない。
 その要請に応じることにはやぶさかではない。しかしうまくいく保証はできない。うまくいかない公算が高い。なぜなら俺もまた渡辺崇と同じく、恋多き女子中学生の眼中に入らない畦道にめり込んだ石ころに過ぎないからだ。べつに恋愛対象になる必要なんてないのだが、そんなどうでもいい男子の接近を容認する度量が彼女たちにあるかどうかといえば、かなりむずかしいように思う。


 こんな会話が耳に入った。
「最近、渡辺とよく話してない?」
「え? あー、うん……なんか、席にいると話しかけてくる……」
「じゃあ今は逃げてきてるの?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「仲良さそうにしてるなーって思ってたけど、違うんだ?」
「……なんか、困るっていうか……」
「たしかにねー、急になれなれしくされてもさー、そっちは良くてもこっちはどうしたらいいかわかんないってなるよね」
「そ、そうだね、そんな感じ……」
 ――云々。
 吉村岬の友人たちによるものである。吉村岬と渡辺崇はこの場にはいなかった。
 渡辺崇は、自ら提唱したとおり、吉村岬の友人に近づくことを試みていた。俺を鉄砲玉に使うのではなく、彼自身が直々に事にあたったのは、標的として適当な女子がたまたま彼の後ろの席だったから。「地の利は生かすべき!」と彼は高らかに語った。
 で、その結果が上述の会話である。
 お世辞にも順調とは言えないと思う。あからさまに拒絶されてはいないようだが、それは単にこの友人が言葉を選んでいるからであって、実際のところは迷惑と言っているも同然だろう。万が一、照れ隠しで否定していたのであったならば、俺はもうこの件から一切手を引かなければならなくなる。渡辺崇の女心を掌握する手並みには舌を巻くばかりで、俺ごときが手助けできることなんてありそうにない。それどころか師と崇めて教えを請わなければ。――それくらい、俺の目に悪印象は明らかだった。
 べつに渡辺崇のやりようがまずかったと非難するつもりはない。俺がやっても同じ結果になったであろうことは間違いない。だから唯一にして最大の失敗は、彼にそんな当たり前の予測が立てられなかったことだ。
 差し当たって行うべきは、彼に失敗を認識してもらい、すみやかに迷惑行為をやめさせることだった。その方法には少々ためらうところがあったものの、ストレートに伝えることにした。
「どうやらキモがられている。逆効果だからやめたほうがいい」
「えっ!? う、うそだろ……?」
 思いのほかショックが大きかったようで、さすがに良心がとがめた。
「あ、いや、すこし大げさに言っただけだ。しかし、経過が芳しくないのは残念ながら疑いようもない。これは、あれだ、ちょっと唐突すぎたということなんじゃないかな、うん」
「そうか……。考えてみれば、確かにそうだ。俺たちにとっては外堀でも、向こうにしてみればいきなり本丸を狙われているのと変わらないもんな」
「俺、たち? いや、まあいい。そうそう、とにかくそういうことだ」
「となると、どうするべきだろうか?」
「もうさっさと告白しちゃえばいいんじゃないかな」
「おいおい、どうした? 急におざなりになったよ? ていうか俺、そこまでするつもりだなんて言った憶えねーし! ちょっと仲良くなれたらなって思ってるだけだし!」
「なんだよ、煮え切らないやつだな。慎重に墓穴を掘るような真似をしておきながら、よくもまあそんなことが言えるもんだよ」
「あれ、厳しい!? どういうことだ、俺を応援してくれるんじゃなかったのか? あのときの約束は嘘だったというのか!?」
「嘘なものか。協力するとも」
 ただし応援しているかというと、確実にしてはいない。俺が期待するものはひとつ、渡辺崇のあざやかな玉砕のみ。小細工を弄するのはその色を曇らせるだけで、望ましいことではない。鮮度が大事。だから早よ!と内心で俺はもどかしく思う。


 ところで俺は三崎洋といって、吉村岬とミサキかぶりで混同されることがままある。いや訂正。混同するのはもっぱら俺だけで、吉村岬の名を呼ぶ彼女の友人たちは俺のことなど歯牙にもかけない。
 実際のところ、落ち着かない気持ちがするのは自分の名前を他人に呼びかける本人であろう。俺は吉村岬を名前で呼ぶなんてする必要がないから問題ないが、吉村岬は俺に対して自分の名前で呼びかけざるをえない。まあ、その機会があればの話だが。たとえば日直で、プリントを集めて担任に持っていかなければいけないとか、そういうやむにやまれぬ機会が、もしあればの話。
「えっと……みさ、き君」
 と、不自然な間が空いたのは、抵抗感の顕れに違いない。
「今朝のプリント、まだ出してもらってないんだけど」
「あー、ごめん。今書くから」
 プリントとは先般開催された文化祭についてのアンケートである。さらさらとシャーペンを走らせていると、ふと頭上でひそやかな息遣いがあった。俺が設問もろくに読まずにいいかげんに回答していることに苦笑を禁じ得ないのかと思ったが、見上げてみるとそうではないようだった。
「なんか、自分の名前で人を呼ぶのってヘンな感じだね」
 目が合うと、吉村岬ははにかんでそう言った。
 軽快に走っていたシャーペンが唐突に止まる。原因は不明である。
 ただ一点明らかにおかしなところは、俺が頭の中で考えていたのとまるきり同じ内容のはずなのに、吉村岬が口に出したものはどうしてこうも印象が違うのかということだ。
 俺は目を背けるように机上に向き直り、残りの設問をよりいっそういいかげんに回答した。
「しかたないな。それなら洋と呼んでくれてもかまわない。ちょっと気恥ずかしいけど我慢しよう」
「せっかくだけど遠慮しよう。気恥ずかしいからね」
 吉村岬は控えめに笑う。対する俺はうまく表情をつくれない。それ以上気の利いた言葉も出てこなくて、ただぎこちなくプリントを差し出す。
 当たり前だが、用事の済んだ彼女は早々に俺の席から離れていく。
 俺はちらりと壁の落書きに目をやる。
 そして以後、ちらちらと吉村岬を見ることになる。まるで誰かの二の舞である。


「おまえの気持ちがわかってしまったかもしれない」
 渡辺崇と向き合い、俺は真剣に今の心境を吐露した。
「何の話だ?」
「知れたことを……だがあえて言おう。吉村の話だ」
 顎の下で手を組んで厳めしく言い放つと、彼はぎくりとして顔色を変えた。
「どういうことだ? ま、まさかおまえも吉村のことを……?」
「早合点するな。俺はおまえのように吉村のことが好きとかではな――」
「ばっか、お、おまっ! す! す好きとか、俺はべつに、そういうつもりとか? ぜんんぜんねーし! ちげーし!」
「うるせえ。いいから聞け」
 俺は調子の悪い家電にするように渡辺崇にチョップを与えながら、変色した顔色が元通りになるのを待った。しかるのち語って聞かせたのは、俺の中での吉村岬に対する評価に変化が表れたことについてである。
 繰り返しになるけれども、吉村岬は平凡な女子生徒である。地味と言い換えても差し支えない。特筆すべき身体的特徴も、内面的な長所短所も、他人より秀でているところも、これといって思いつくことがない。
 普通である。目をみはるほどの普通。
 ところが今に至って彼女のその普通ぶりを検めてみると、いずれに偏ることもなく、何もかもがほど良いクオリティでまとまっていてバランスがとれている、という印象にいつのまにか置き換わっているのだ。これは不思議!
 吉村岬自身は依然として平凡。それはゆるがない。クラスを見渡せば、彼女よりも魅力あふれる女子は見つかる。しかしながら平凡な吉村岬のその平凡度合いは、なぜだか特別に思われてならないのだ。
「おまえ、それってつまり……」
「違うぞ。俺はべつに吉村のことが好きとかではない。全然ない」
「いやいや、そうは言うけど、今の話を聞いたかぎりじゃあ、これはもう完全に――」
「おまえじゃないんだから、一言二言言葉を交わしたていどで好きになんてなるはずないだろうが、おまえじゃないんだから。それに俺はおまえと違って分析力があるし、自らを省みることを怠らない。そうやすやすと心を奪われたりはしないんだ。おまえと違ってな」
「……なんか執拗に人のことを馬鹿にしてくれたが、その分析力とやらでどんな知見を得たというんだ?」
「たいした話じゃない。俺の中で吉村の印象が劇的に変わったその理由は、端的に言っておまえのせいだということだ。ほら、隣の芝生は青く見える、って言うだろ? それと似たようなもので、おまえがやたらに吉村にご執心のようすだから、俺もそれにつられてなんとなく良さげに見えてきたっていう、それだけのことだ」
「お、おう……そうか、なるほどな……」
 しきりにうなずいてみせつつも、渡辺崇は釈然としない顔である。
「だから安心しろ。おまえと吉村のことを取り合おうとかそういうわけじゃ――」
「ば! いやだからっ! おおお俺はべつにそんなつも(以下略)」


 さて、これは罠である。
 前段のやりとりは、渡辺崇に、俺が吉村岬を意識し始めていることを印象づけるためのもの。
 なんでもないクラスメイトの女子が無性に気になり始めたなら、恋に発展するのはもはや時間の問題。他ならぬ彼自身が通った道なのだから、俺もまた当然に同じ道を辿るに違いない――と、そう考えるはず。
 このままでは、遠からず恋敵が出現してしまう。焦る彼にできることは、ひとつだ。
 突撃して、散ること。
 俺はひそかにほくそ笑む。
 あくまで俺は、渡辺崇に拙速な告白を煽るようなことは言っていない。断じて言っていない。彼が勝手に勘違いをするだけのこと。
 多少気の毒と思わないでもない。でもしかたがない。女子と親しくなろうだなんて分不相応な願望をもつほうがそもそもいけないのだ。彼だって本来はわきまえていたはずで、あんな落書きに惑わされて、俺を差し置き、あまつさえ利用しようなどと企んだのが運の尽き――
 と、そこで思い出す。ちょっと待て。大事なことを忘れていないか。
 その落書き。相合傘の落書きが、本当に吉村岬の手によるものであった可能性。

                         (続く)

この小説について

タイトル UU:2/3
初版 2017年6月24日
改訂 2017年6月24日
小説ID 4950
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こてさきのてばさきの写真
熟練
作家名 ★こてさきのてばさき
作家ID 1074
投稿数 16
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活動度 1588

コメント (1)

2017.9.13xukaimin コメントのみ 2017年9月13日 9時53分43秒
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