飛行船αの上空紀行 - 飛行船αの上空紀行勝Φ方に分からない事

この楽器の名前がリュートというのだと知ったのは6歳の頃だった。ましてや、大昔に遥か遠くの次元から漂流してきたものだと知ったのは、それから数ヶ月後のことだ。
俺にとってそんなことはどうでもよかったのだが。
「…モント・ブルスクーロ」
「元気みてえだな」
「久し振りですね、モント」
街明かりを見下ろす酒屋のテラス、爪のような月の元、俺はゆっくり振り返った。



王国 王都 酒屋

がやがやと賑わう酒屋。
「スターノ、あーん♡」
「やめろ、自分で食う。リック、お前も酒ばかり飲んでないで少しは食べろ」
「母さ〜ん、水くれー」
「レジ、僕は君のお母さんじゃない!!ライラちゃん、これ食べな、美味しかったよ〜」
「は、はひ…フェリーさんありがとうございます…」
その喧騒の中で飛行船αの乗組員たちは日頃の疲れを癒すべく、王都の中でも美味とされる夕飯を食していた。
まぁ、この広い王都一美味いと噂されるだけあって、確かに美味しい。これからの飛行船内での食事の参考にするから、と言って無理やり料理人に話を聞きに行こうとしたフェリーを止めるのが大変だったくらいである。
私___ライラ・ベナフシュや、フェリー・クローロン、レジ・アスファルはまだ酒が飲める年齢ではないが、保護者同伴ならばとこの酒屋の寛容な主人は許してくれた。今こうして美味い飯にありつけているのも、そのお陰である。
「あー、うま…久々に酒飲んだわー…五臓六腑に染み渡るねぇ」
何杯目かの大きなジョッキを飲み干した後、リックは感慨深そうにそう言った。
「久々?どの口が言っているんだ。飛行船でずっと飲んでいたあれは何だ、果実酒だろう。果実酒も立派な酒だぞ」
酒ばかり飲む目の前の幼なじみに向かって呆れた顔をするスターノ。
「あぁ、あれねぇ……癖のあるジュースかと思ってた」
「…………」
この一言を聞いて、スターノはもう手の施しようがないと言った様子で肩を竦めた。
「リックさん勿体ねぇな!やしゃい、美味いのに!!」
「レジはさっきから野菜食べ過ぎ。1人で何皿サラダ食べる気?育ち盛りの癖に、肉食べないなんてさぁ…俺くらい身長欲しくないの?」
「しょういうことはフェリーにいえよ!ほや、リックひゃん、にゃんらっけ、あーん?」
「フェリー君よりお前の方が可能性あるんだよ」
レジが野菜たちを大量に刺したフォークをリックの前に突きつける。
「あ、あーん……って、臭っ!酒くっさ!!!え!?何、何で!?レジお前何飲んだ!?」
リックが身を乗り出してフォークに顔を近づけ野菜を口に入れると、突然そう言い放ってレジの両頬をバチンと挟んだ。すごい音だ。
私はレジが先程まで飲んでいたコップに目をやった。中には無色透明の水らしき液体が揺れていた。
「にゃにって……みじゅ」
「呂律回ってないじゃん、絶対それ水じゃないって……このお馬鹿さんが…」
「あ、あの、これ、レジさんが飲んでた……」
私がレジのコップをリックに差し出すと、ものすごい剣幕で「ライラちゃんは飲んでいないか」と聞かれた。その勢いに圧されて頷く。実際飲んではいないので問題ない。
手渡された水(?)をくい、と口に入れるリック。
「うわ……多分これ、超高い蒸留酒だよ。これ作ってる職人さんがとことん拘って、限界まで色を薄めたってやつ」
「お前が一度飲んでみたいと言っていたやつだな」
「そうそう。こだわりが過ぎてそんなに沢山作れないんだよ。でも何でここに……」
高いのに、誰が頼んだんだよと嘆きの言葉を浮かべ、同時に、ん〜、と酒の香りに舌鼓を打つリック。私には酒の味は分からないが、しょっちゅう酒を飲んでいる彼がこう言うのなら余程美味いのだろう。
「モントが頼んだんじゃないか?あいつはあれで舌が肥えてるからな」
スターノがリックの脇から顔を覗くように酒の香りを嗅ぐ。
リックは、生意気だよねぇ、と言い、辺りを見回した。
「ん?モント本体がいないけど…美味い酒残してどこ行ったんだか」
「酒瓶がないし、夜風に当たりながら飲んでるんじゃないのか」
「ふみゅ…モントしゃん?」
リックは忘れていたとばかりに正面でぐんにゃりとしているレジを見た。レジは私の右隣に座っているのだが、相当酔っているようだ。椅子にも、頭を背もたれに引っ掛けて、辛うじて落ちずに済んでいると言った感じだ。
見るからに暑そうな夢見心地のレジの汗を拭いてやり、今度こそ本当の水を飲ませる。
「ん、あんがとぉ、ライラ」
「い、いえ……」
駄目だな、水みたいにガブガブ飲んだのだろうか。ものすごく酔っ払っている。
「モントしゃぁ…」
終いには私に向かってモントさん、と呼び掛けてくるではないか。いよいよ危ないぞ。
「レージ、こら、可愛いライラちゃんと口の悪いチビ助の違いまで分かんなくなっちゃったかなー?」
「んへ〜、リックしゃ、にゃに言ってんらよ〜?しょんにゃわきゃにゃーらろ〜?モントしゃんはぁ、てらしゅ行ってくりゅ、ってぇ、言ってたろぉ」
私の左隣から、はぁ、というフェリーの深い溜息が聞こえた。私も同じ気持ちである。
当の本人は大きな瞳をとろん、とさせて子供のように意味もなく微笑んでいる。大丈夫…ではなさそうだ。
「てやしゅ〜ふふ〜」
「テラス」
「テラスか」
「テラスねぇ」
「テ、テラスですか…さ、流石フェリーさん…」
流石レジのお守役…いや、友人なだけある。普段から何を言っているか分からない時があるのに、酒が入ってふにゃふにゃの今の状態では通訳が必須だ。
「モントも子供じゃない。大丈夫だろうとは思うがな」
「モントはね。でもレジがこんなに酒に弱いとは…はぁ…帰りはおんぶコースかなぁ」
スターノの一言にリックが気怠げにぽつりと言う。
「リックにーちゃん、おんぶ〜?」
ふにゃふにゃな状態でリックを「兄ちゃん」と呼ぶレジ。昔そう呼んでいたのかな。リックとスターノの次に古い関係があるのはレジらしいし、レジの小さい頃は想像もつかないけれど。
リックはその呼び方に気を良くしたようで、ニコニコと笑みを浮かべながら正面に向き直った。
「レジ、嬉しい?昔はよくお前のこと背負って街まで行ったよねぇ」
帰りはくっそ重い工具とパーツと、寝ちゃってるお前を一人で抱えて山を登ったっけ、とリックは懐かしそうにした。人間は起きている時よりも寝ている時の方が重くなるのだという。いくら子供とはいえ、工具とパーツと一緒に運んで、しかも山まで登るとは__常人には無理だな。流石悪魔の血と言うことか。
「ふぇ?そうらっけ〜?俺はねー、リックにーちゃんも好きだったけど、スターノにーちゃんのが好きだったな〜、あんときはなぁ」
「な……何で?」
ふふふ、とレジは普段なら絶対にしないような笑い方をして、
「スターノ兄ちゃんはぁ……姉ちゃんみたいだったから…」
姉ちゃん。もう一度同じようにそう呟いてレジはテーブルに体勢を作りながら寝息を立て始めた。
お姉さんか。初めて聞いたな。そう言えば、飛行船に来る前の皆のこと、ほとんど知らない。狩人の一族の呪いのこと、王に使える家のこと、宮廷楽士になる前のこと__あれ、私、若い二人のことに至っては、何も知らない。
「待て待て待て待て。寝る前にもう一個!スターノが姉ちゃんなら俺は?兄ちゃん?」
「ん……母さん……」
か、母さん……。
一瞬呆然としてから、我に返って何でだよと嘆きつつ、リックはもう何杯目かも分からないジョッキを飲み干した。
「母さんか……まぁ、納得といえば納得か。あぁもう、リック!酒は当分駄目だぞ」
「スターノッ、母さん悲しいよぉっ!!」
「お前も何だかんだ言ってノリノリじゃないか!!」
そんな二人を見て、フェリーと私は目を見合わせる。笑いは勝手に漏れていた。
「僕からしたらスターノさんの方がお母さんっぽいんですけど……納得って、何かあるんですか?」
確かに。スターノの方が母感がある。飛行船αの母、みたいな。ギルマスだからと言うのも何か違う。
「多分あれだろう。いつもリックがレジの世話をしたりしていたから……頭や体を洗ってやったり、拭いたりしていたな」
俺はレジの世話に関してはほとんどやっていない、とスターノは思い出すように言った。
「な、何だかそれは……」
飼い主……
そう思ってフェリーの方を見ると、口に人差し指を当てて、しーっ、というポーズをしていた。彼がその状態のまま笑うものだから、私も自然とえへへ、という顔になる。こういうのがフェリーの不思議なところだ。人を和ませる天性の才能というか。そういう人って、いると思う。
素敵な才能だ。
流石に酔いがまわってきたリックがスターノに絡んで騒ぎ出し、レジは相変わらず爆睡。フェリーは黙々と皿に残ったソースを吟味している。私はどうすればいいのやら。
……モントさん、帰ってきてください。



「……………」




王国 王都 酒屋 テラス

「随分と騒がしいようですが、このような所で飲んでいて良いのですか」
「てめぇがいるだろうが」
「俺の事は気にしなくて良いですよ」
「………」
目の前の男が、指をギルドのテーブルの方に向ける。確かにかなり騒がしい。母さん母さん叫びやがって。誰のことだよ。
「モント、貴方は昔から賑やかなところが好きですよね。全然変わっていないようです」
「俺の何を知ってんだよ、クラールハイト___

___パペル・クラールハイト」


『貴方方に用があるのは、私では御座いません。王が、ギルドα様を呼んでおられます』


王城を訪ねたあの時、俺は目の前に現れた人物に何より驚いた。
何故?何故ここにいる?頭の中にある数少ない引き出しを漁って、必死に理由を考えた。
昔の友人の変わり果てた姿。
異文化の香りのする服の趣向はちっとも変わっていないのに、目の周りに巻かれた意味の分からない布。
それでも、目を見なくても分かった。目の前にいるやつが“パペル・クラールハイト”だってこと。
歩く後ろ姿が、そのものだった。
染み付いたその歩き方は、一生離れることはないのだと思う。
パペル・クラールハイトは、俺が宮廷楽士だった時の友人。六年前、護衛人として育成されるために宮廷入りした、後輩なのだ。
何故かこいつはいつも俺に付きまとっていて、嫌でもよく話をしたものだ。
「何をって……俺は貴方の事なら何だって知っていますよ。身長も、大して変わっていないようですしね。性格もですが、寸足らずなのは相変わらずのようです」
昔からこういうやつだ。
「す、寸足ら……言ってくれるじゃねぇか。てめぇより俺が小さいのは分かってんだよ……また背も伸びたみてえだしな。……本当、変わったな」
「えぇ、変わりました。自分でもよく分からないくらい変わりましたよ、俺。貴方を探してる間に、変わり果ててしまったようで……やっと、見つけました」
パペルは、あまりにも見つからないものだから死んだのかと、と言ってのける。
俺はと言うと、こいつが現れた時と同じくらい混乱していた。必死に言葉を噛み砕く。
「俺を、探してた…?何で手前が……一番仲が良かったから、か?」
「はは、センスのない冗談ですね。本気で言ってるんですか?」
口元を緩ませるパペル。冗談なんかじゃないって、お前も分かってんだろ、って。本気でそう思ってた。だって、 俺は楽士で、こいつは護衛人。使用人同士、仲良くやっていて……
「俺はずっとずっと、貴方を探していました。それは、仲が良かったからなんかじゃない。貴方にそう思っていただけていたのなら光栄なことですがね」
違うのか?俺が、間違ってるのか?何が違うって言うんだ。どこが間違ってるって言うんだよ。
何を言おうとしてんだ、こいつ。
「……まさかとは思っていましたが、本当に何も知らないで今まで生きてきたんですね」
「どういう…意味だよ」
「そのままの意味、なのですが…仕方ないです。理解していらっしゃらないのならば」
パペルは続きを言わず、モントが持っていた酒瓶に一枚の“鱗”を入れた。
「何だこれ、魚の鱗か?」
瓶を振ると、潮の流れを感じる音がした。瓶の中には、透明で高級な酒と、しなやかで玉虫色をした鱗がただ揺れているだけなのに。
「それを、少しずつ飲んでください。決して一気に飲むようなことはしないようにお願いします」
『絡み』ますからね、とパペルは言った。
何がかは全く分からなかったし、そもそもこの鱗はなんなのだ。
「勝手に入れんな、何の鱗かも分かんねぇのによ…」
「竜の耳の後ろの鱗です。それを浸けた酒を飲むと、鱗の所有者と酒を飲んだ者との共有した時間の『真実の記憶』を見ることが出来ます」
そこで疑問が湧く。
「……俺に、記憶を共有するような竜の知り合いは……いねぇよな?」
「……こればかりは知らないと思っていませんでした。俺が一番驚いています」
パペルは首を左右にふるふると振りながら、少しだけ息を吸い込んで___

__突然、歌い出した。





彷徨う白き夢 悠久の時を越えて
流れ着く記憶の欠片 彼の人の面影は見えぬ
朝露の麗しき光 常闇を照らし
絡みつく旋律 甘く儚き貴女との誓い




「どうして、手前がその歌を」
俺が塵の都で路上演奏した曲、その物だった。しかも、俺は金を稼ぐために、その日まで貯めておいた新曲を使っていたのだ。今日再会したばかりの男が、この曲を知っているわけがない。
「新曲、とても素敵でした。塵の都で貴方の歌声が聞こえた時、運命かと思いましたよ」
「いや、駄目だ、それじゃあ手前はまだ王都に着いてないはずだ。俺たちは飛行船だから今ここにいられるんだぜ?それを手前みたいな、言っちゃ悪いが、行動を制限されるような王の従者が、そう簡単に今のタイミングで塵の都から王都に到着できるはずがねぇ。そうだろ」
俺は自分でも珍しく物を考えて発言した。言葉を反芻しても、なかなかに納得のいく考えである。しかしパペルはまた首を振って、幼子に対するような腹の立つ表情を向けた後、やはり爪のような月を背にこう言ったのであった。
「俺は竜人ですよ。栄誉ある一族の血を引いています。国境から王都までなんて、飛べば十分ですから」
俺は、本当に何も知らないようだ。

「あー、モント!どこ行ってたの?もう皆ベロベロ!スターノ倒れたしレジ寝てるし。フェリーくんもライラちゃんも超眠そう」
席に戻ると、一人酒をするリックがそう言った。
「悪ぃな。知り合いがいたんだよ」
「ふぅん?いいけど、早く帰ろうねぇ。スターノ持ってもらうから」
「え、ちょ、待てよ。俺が重い物持てないことぐらい知ってんだろ。自分より年上の奴なんて持てるわけが」
「大丈夫」
「は」
「大丈夫。持てるよ」
リックは目も合わせずに言って、レジの頭をわしゃわしゃと撫でた後、「帰るよ」と呼びかけ、慣れた様子で彼を背負った。その様子を傍目で見ながら、赤ら顔で倒れたスターノの髪を弾く。酒に弱いくせに、ノリで飲んでしまったのだろう。痩せてるとは言え、こいつは俺より身長があるのだ。持てるわけがない。
取り敢えず、見様見真似で彼を担いでみる。そのとき、あの時のレジの呟きを思い出した。
『やっぱり体重、減ってるよな……』
リックが誘拐された時から、スターノの体重は減っていたのだ。現在も質量は戻っていない。肩透かしをくらったような気がした。俺が忘れていただけなのに。
質量が減っても体積は変わらないので、荷物のように担ぐことは出来ず、背負う体制になった。伝票と鱗の入った酒瓶を手に席を後にする。これだけの人数だ。結構な値段になっている___でもまぁ、一番出費が嵩んだのは、俺が飲んだ超高級蒸留酒なんだろうよ。
「伝票は……あぁモント、ありがとう。ごめんねフェリー君、お金払ってもらってもいいかな。俺たち手が空いてなくて」
フェリーはそう言われると、眠そうな目をゴシゴシと擦って深く頷いた。
「勿論です。お酒を飲んでるお二人に財布の紐を任せられるわけがないでしょう」
「あっはは!本当だね!では、よろしくお願いします。フェリーさん」
リックは大きく笑った。体が揺れた拍子に、酒の臭いが漂う。飲みすぎなんだよ。絶対全身の毛穴から出てんだろ。ここでも臭うんだから、背負われているレジはどれほどのものだろう。まさか、昔からそうだったから慣れてる、とか言わねぇだろうな。
「モント、その瓶持っていくの?」
「……あぁ」
夜道を振り返って問いかけるリックに、酒が半分残ったあの瓶を振ってみせた。やはり、潮の流れのような音がする。
「ねぇ、何か入ってるよ。蓋?」
「鱗だ」
「何、入れられちゃったの?情けないねぇ」
リックは器用にフェリーの手を取り、また前に向き直った。
「……それとも、必要なもの?」
「分からねぇ。必要なものだって言われて、勝手に入れられた」
「ふぅん、変な話だねぇ。何があったか、お兄さんに言ってごらんよ。ほら、俺半分悪魔だし。何か分かるかもよ」
「悪魔を自虐ネタに使うな。……かくかくしかじかだ」
「かくかくしかじかが通じるのは小説の中の世界だけだよモント」
言いたくないならいいけどね、と彼は体制を整えた。俺も俺で何も言わず、酒瓶をサイドポーチに突っ込み、傍らを歩いていたライラに空いた手を差し伸べた。その上に、子供体温な手が乗る。俺は彼女がそこにいることを改めて感じる。そっと握ると、反応を返してきた。温かい。
龍の鱗とパペル・クラールハイト。俺は彼が竜人だということにさえ気づいていなかったのだ。長い間苦楽を共にしてきたというのに。
もしかすると、と思ってしまう。もしかすると、俺は自分のことさえ何も分かってはいないのかもしれない。
馬鹿だな、俺は。
記憶が無い、とか忘れてしまった、ということではないと思う。俺はそれなりに記憶力には自信がある。パペルの透けているみたいな不思議な目の色を覚えているくらいだ。
自分の部屋で一人、瓶の中の鱗を睨みつける。瓶の隣には小さな杯が一つ。
少しずつ飲まなければならないのだったか。『絡む』とか言っていたな。少し、というのはこの杯くらいでいいんだろうか。酒自体あまり残りがないから、ぐいぐい行けるわけでもない。
恐る恐る、ほんの少しだけ、記憶がにじみ出て玉虫色に輝き出していた液体を口に含む。
瞬間、丹田のあたりをぐっと強く握られたような衝撃が襲った。
もうそれからあとは、なるようにしかならなかったとでも言っておこう。




「……ー、…リー、フェリー!」
「!!」
飛行船の廊下で斜め下を向いて動かなかったフェリーが、俺の数度目かの呼びかけで気がついた。
「……あぁ、起きたのレジ」
「ありがとう。大丈夫かよ」
「………大丈夫って、何が」
「お前。フェリー・クローロン」
「…………何言ってんの。大丈夫だよ」
そうは言ったものの、フェリー・クローロンは明らかに大丈夫ではない。本人がこう言っている以上、飛行船の中で俺が一番フェリーの現状に疑問を抱いているのだろう。
王都のどんちゃん騒ぎから帰還して数日が経った。その間、一番様子がおかしかった、おかしいのはモントだ。帰ってきてから一度も部屋の外に出ていない。創作活動に専念だのなんだのでそういうことは時々あるから、誰もモントの部屋を覗いたりしないが、部屋に入る前の様子がいつもと違ったこともあって、飛行船内では少し心配されていた。皆モントを心配している。視線がモントに向いている。だから、フェリーの些細な変化に、俺以外誰も気が付かない。俺は大体いつもフェリーの隣にいるし……あと、天才だから。何にせよ、彼は変わった。この俺が言うのだから間違いない。
「レジ」
「どうした」
「君、どうして…不安じゃないの?」
フェリーは口を開けばそればかり。
「どうして不安になるんだよ」
俺が聞くのもそればかり。
「だって…」
フェリーはいつも、だっての先を言わない。言葉にできないとばかりに眉間に皺を寄せて、また自分の思考の中に消えていく。しかし、この日は違った。
「今まで当たり前だと思ってた世界は、実は結構違ってたんだよ。そんなの…不安になるに決まってるじゃないか」
彼はやはり眉間に皺を寄せ、しかし今まで言わなかった、言えなかったであろう想いを口にした。
実は結構違った、というのは、きっとリックの半身が悪魔だったということに対してなのだろう。
はっきり言って、俺はそのことを気にしていなかった。
リックの半身が悪魔なのと同じように、俺達が過ごしてきた時間もまた事実なのだ。明るくて太陽のような飛行船αの狩人リック・ウェリデがそこにいることも、積み重ねた思い出も。
皆、そう思っているのだと思っていた。
余りにも皆が動揺しないから。あの夢の前もあとも、飛行船では同じ平穏な時間が流れていたから。
でも、違っていたのだ。目の前の少年は、その空間で一人不安に思って、毎日毎日、不安なのは自分だけなのかと俺に確認していたのだ。
「…フェリーの気持ちは分かったよ」
俺はこの時を死ぬほど後悔することになるのだ。
浅い理解を示した自分の言葉。一番不安を煽るその言葉を、フェリーの本当の不安を嘲笑うようなその言葉を、俺は軽々しく口にしてしまっていた___


「……嘘だ」

「え?」


「嘘だ……!!君に僕の気持ちなんか____

____分からない!!!!」


フェリーはものすごい剣幕でそう怒鳴ると、その場から立ち去ってしまった。
俺はフェリーに一度も触れていないし触れられていないけれど、強めの平手打ちを食らわされた気分になった。意味が分からなかった。何でこんなことになってしまったのか。それでも、彼の心に何らかの傷を与えてしまったことだけは確かだった。
少しだけ、遠くの雨雲の方で稲妻が光ったような気がした。




「……ぅ…」
「!、モントさん!」
「モント、3日くらい部屋から出てこなかったが……新曲か?」
「……あぁ、今なら新しい曲が書けそうだぜ」
談話室の暖炉の前で今度こそ本当にスターノから治癒魔法を教わっていた私、ライラの目の前に、ふらふらとモントが現れた。
スターノの言う通り、モントが部屋から出てきたのは3、4日ぶりのことであった。その間私は何度か部屋を訪ねようとしたのだが、もし新曲を作っていたとしたら殺されるから、と皆に止められて今に至っていた。リックさんが顔面蒼白で慌てるのだから、その時の怒りぶりは相当なものなのだろう。
ちなみに私は今、出会った時にスターノが見せてくれた治癒魔法を習得しようとしていた。簡単な初級編(スターノ談)だというその魔法を、私は未だに使いこなせずにいた。
あの時見た燃えるイメージを思い出しながら、ヒノデウリのヘタに入った切れ込みを直そうと試みたところ、ヘタはただ単に燃え、黒焦げの何だかよく分からないチリチリへと変貌した。室内に香ばしい良い匂いが漂う。
「良い匂いがしてんなと思ったら…ライラちゃんの魔法が失敗しただけか」
「し、失敗じゃないです。これも魔法です」
「言うようになったな」
モントは寝起きのようなボサボサの頭で、にしし、と笑った。
「それはいいがな…新曲でないとしたら、お前はこの3日間部屋にこもって何をしていたんだ」
スターノはモントに水を渡しつつそう問いかける。
「いや………いろいろあった」
モントは手渡された水を一気にぐびぐびと飲んでから、ため息混じりに言った。
「言いにくければ気が向いたらでいい」
「まぁ、いつか言わなきゃならねぇ時が来るだろうよ」
「……その時を気長に待つかな」
柔らかく微笑んだスターノの顔は、夢の前と比べたら随分明るくなっていたと思う。私は前のことはよく知らないけれど。確かに変わっていたと思う。
「ところで」
と、モントは言う。
「ライラちゃんはどうしてスターノの魔法を使えないんだ?治癒だけなら魔力も十分あんだろ」
と、さりげなくひどいことを言う。
「あぁ…そうだな」
庇いすらしないスターノ。
「もしかすると、呪文の形式が合っていないのかもしれん」
「け、形式、ですか?」
「そうだ。ライラ、モント、俺とレジの唱える呪文の違いは分かるか」
そうだな、とモントは首をひねる。私もそれに習ってみるが、そもそも私はスターノが呪文を唱えているところを見たことがない。

『凡ては上から下に流れ落ち、汝は円の中に収束する。理に逆らえ、統べよ。祝福をもたらせ』

だったか。なんだかよく分からないけれど、私たちの言語であることは確かだ。魔法の呪文において、私はあまりこの次元の言語を使用したものを見たことがない。珍しいものだということだけは分かった。
「ルヴニール・クロッシュ、エンデ……」
「何だモント、覚えていたのか」
「妙に耳から離れねぇんだわ」
いつか歌詞に使っちまいそうだぜ、と肩を竦めてみせるモント。
それがスターノの使う呪文なのであれば、一目瞭然だ。
「つ、使っている言語……ですよね」
「その通りだ。では、その違いは他にどんな違いを生み出していると思う?」
違いが生み出す違い。 そればかりは本当にわからないので、そのままスターノの顔をじっと見る。
「わ、分からないか……」
見られて慌てるスターノ。
「大まかに言うと、使っている言語によって力の源が違う。多くの人が使う呪文……俺が使うものだな。これは、他の次元から力を寄せている。この次元の力と他の次元の力はそもそも作りが違う。相容れないものだ。そこで起きる抵抗……一種のアレルギーのようなものだと思ってくれて構わない。そこで生まれる歪みと、自身の力を共に、放つ」
それが俺たちの魔法だ。と彼は言い、まだ話を続けた。
「対してレジの呪文は、この次元から力を引き出し、自身に取り込み、魔力と共に放っている。土地のセムと魔力は比例するから、セムは人々の暮らしの中で強化されているし強力だ。魔力の移動距離が少ない分自身の魔力の消費は少ないが、そう何度も使える訳では無いし、精神にも相当くる。だから、あの魔法の使い手は限られているんだ。主に血筋で継承されていく。その代わり俺が使うような魔法は使えないがな」
スターノはふう、と息をつく。
「話は長くなったが、俺が言いたいのは人には使える呪文が限られている、ということだ。もしかしたら、ライラにもそういう呪文があるかもしれないな」
私は目を瞬かせ、今まで身近な人々が使っていた呪文を思い浮かべてみた。父が使っていたのは普通の呪文だ。母は、使っているのを見たことがない気がする。血筋が関係あるのなら、母方の祖母はどうだろう。私は祖母が使っているそれを思いし、声に出した。
「枯れ木に花を咲かせましょう!」
「どこの爺さんの台詞だよ」
「そ、祖母が言っていたので…」
「他には?」
スターノに促される。もう少し考えた。
「早く芽を出せ柿の種〜…出さなきゃはさみでちょんぎるぞ〜」
「とんだ婆さんだな」
「……他にはないのか?」
私はまた眉間に皺を寄せて、森の奥で魔法を使う祖母の姿を思い浮かべた。そして。
「…木霊よ…大地を知る者よ、その血潮に手を浸し、今ここに願わん」
すると、目の前で黒焦げになっていた香ばしい香りを放つヒノデウリのへたから新芽が生え、瞬く間に黄色い花を咲かせた。
「……お、おぉ?」
「凄いじゃないか、ライラ。これだけでも上出来だ。長ったらしい話をした甲斐があった」
今度呪文を聞くためにライラのおばあさんの元へ行かなくてはな、とスターノは言った。
私は父も母も仕事で世界中を飛び回っているため、小さい頃はずっと祖母のところにいた。祖母に育てられたと言っても過言ではない。祖母に会いたいな、と単にそう思った。
「それにしても…その呪文、聞いたことある気がするぜ」
モントがぱっと言った。
「そうなのか?木霊を呼び出す呪文なんて、そう簡単にお目にかかれないと思うが」
「それじゃあ気のせいか?」
その話は横に流れていったが、その違和感だけが残る。
その時だった。
ガチャ、と音がして、また、カタンという音がした。私たちからは見えない位置の扉、恐らく甲板に繋がる扉が開いたはずの音なのに、誰も入ってこない。
「……?フェリー?それともリックか」
「いいよ、俺が見てくる」
そう言ってモントは席を立ったのだが、扉の前についた途端に走って戻ってきた。その手には先程までなかった封筒が。印は、王国瑤里發痢
「これ……カレン王の“お願い”の事じゃねぇか?」
モントのその言葉を聞きつつ、スターノは封を開け中身を読んだ。
「ふむ……モント、今この船はどこに向かっている」
「ギルドマスターがそれを聞くのかよ。特に何処というわけでもなかったと思うぜ」
「そうか、分かった。すまないがフェリーに伝えてくれ。飛行船αは今からγ皇国に向かう」
スターノは手紙をテーブルの上に置いて何かを考え始めた。そしてすぐに立ち上がって、側の棚から地図帳を取り出し、γ皇国のページを開いた。モントは談話室から出ていった。フェリーにことを伝えに行ったのだろう。
私はその様子を横から見て、手紙に目をやった。
「ス、スターノさん…その…手紙を読んでもか、構いませんか?」
「あぁ。出来れば内容を把握して欲しい」
「あ、は、はい」
そう言われて私は手紙を手に取り、一字一句を念入りに読んだ。とても綺麗な字。

『ギルドαの皆様
先日は私の願いを聞いて頂き、ありがとうございました。貴殿らから良い知らせが聞けることを信じております。正式な書き方ではなく申し訳ない。この手紙を読んでいる頃はきっと王都から離れているのだろうと思い、早く伝えなくてはとこのような手紙になってしまいました。
さて、手紙を寄越したのは他でもない、私の兄に関する情報を得られそうな人物を見つけたので、その方の居場所をお伝えしたいと思ったからです。
彼女は100年以上の時を生きる大変高名な方なのですが、かなり前から静かに暮らしたいという彼女きっての願いで誰も詳細な住所を知らないのです。
かつて彼女は王国βで“五行の賢者”と呼ばれる五人組の王国機関に属していました。一撃でモンストロの大軍を消し飛ばすほどの魔力量で、今はγ皇国に住んでいるということです。
本当に少しの情報で申し訳ない。それでも貴殿らなら彼女を見つけられると思います。

追伸
何か今分からないことがあるのなら、彼女に聞くといいですよ』

手紙を読み終わり、私は“五行の賢者”という言葉に既視感を覚えた。有名な話だっただろうか。今は王国βにそのような機関はない。確かに、一撃でモンストロの大軍を消し飛ばすような人々が五人も集まっていたというのなら、伝説のように語り継がれても無理はない。
100年以上の時を生きる、なんて、今はしわくちゃのお婆さんではないか。そもそも、生きているのだろうか。その辺は魔法でどうにかしているのか。魔法ってなんて便利なんだ。そんな感じで大丈夫なのか。
私はチラと横目でスターノを見た。うんうん唸っているようだ。きっとγ皇国に着いてからどうやって賢者を探すか考えているのだろう。
そこに、リックがやってきた。昼寝から起きたばかりなのだろうか、子供の私でも分かる気だるげな色香を発していた。談話室の扉を開け、ぐるりと室内を見渡してから私ににっこりと微笑む。
「おはよう、ライラちゃん」
「お、ぉ、は、はよ、はや、く、ない……ですよ…?」
「ねぇやっぱり皆俺に辛辣過ぎない?ライラちゃんが空気に慣れたのは良いけど辛辣になってるよ、由々しき問題だよこれは……ねぇ、聞いてるの?スターノ」
スターノは話しかけられたことにも気付かず、依然として地図帳を睨みつけていた。
「聞いたよ、γ皇国に向かうんだって?行くことは構わないけどね、どうしたのかと思って…」
急いで部屋を出てきちゃたよ、と言いながらリックはスターノの向かいの席に腰掛けた。その彼に手紙を渡す。
「ん、手紙?…………ふぅん、なるほどねぇ、そういう事」
ありがとう、と言ってまた彼は私に微笑みかけた。何だろう、二日酔いだろうか。やっぱり気だるげで色っぽい。何だか見てはいけないようなものを見ている気分になる。二日酔いなら水がいるか。
「100年以上の時を生きる博識で高名な賢者、ねぇ。相当な婆さんみたいだけど、本当に生きてるのかな。ねぇ、スターノ。聞いてるの?煮詰まってるんなら一回落ち着いた方がいいよ」
リックが掌をスターノと地図帳の間にヒラヒラとやって、ようやくスターノは気が付いた。
「……!リック、いたのか」
「いたのか、ってもう。傷付くなぁ」
そう言いながらふわりと笑うリック。それを見たスターノも心なしかぎょっとしたように見えた。よく見るとリックは音を立てまいとしている気がする。やっぱり二日酔いか。
「どう、見つかりそう?賢者様は」
「そう見えるのなら今すぐ目を取り替えるべきだな」
「もう、素直に言いなよ。照れちゃって……あ」
コトンと音を立てて、私はリックの目の前に水の入ったグラスを置いた。またリックはあの見てはいけなそうな色香を放ちながらにっこりと微笑んで私を見る。危険だ。
「ふふ、ライラちゃん、ありが……」
「やめてください。こっち見ないで」
「え。何で?まさかライラちゃんも照れて……」
「だから。その顔を。やめてくださいと言っているんです」
「えぇ……心なしかライラちゃんの口調がはっきりしている気がするんだけど……ふふ、おも」
「おい、ライラがその顔を向けるなと言っているのが分からんのか」
「ス、スターノまで。そんな俺の顔を猥褻物みたいに言わなくても……」
「今は。十分。猥褻物です。はいこっち見ない」
「ライラちゃん酷い。俺泣く」
「あっち向いてお願いします」
「………」
リックは半涙目になりながら水を飲んだ。また謎の色香を放つ。
「すいません。あっち向いて飲んでください」
「えぇ……俺何ならしていいの……」
「今のリックさんには水を飲むのもダメな気がして。すみません」
「ライラちゃんが持ってきてくれたのに。水」
「すみません…まさかこんな猥褻物を向けられるとは思わず」
「そうだな。早くしまえ」
「どうやってしまえと!?二人揃って俺が卑猥なことしてるみたいに言わないでよ」
「でも……」
「なぁ……?」
「はいその空気駄目。俺は何も悪くないからね」
ついにライラちゃんもボケられるようになったか、と唸るリック。全くそんなつもりは無かったのだが。ただ身の危険を感じただけというか、なんと言うか。
「そういえば…誰が手紙を届けたんだ。甲板の扉を開けたのは誰なんだ」
「あぁ、何かモントがそこは見当ついてるって言ってたよ」
「ふむ、ならいいが」
スターノはまた地図帳に目を落とした。今度はただ眺めているようだ。
「ありゃ、俺たちと話してる間に悩みは解決したみたいだね」
「あぁ。もういつγに着いても大丈夫だ」
「気が早いよ」
また笑いそうになる彼をスターノがきっと睨む。狼狽えるリック。
その時、唸るような機械音がした。γ皇国に向かう音だ。
「___さぁ、賢者を探しに行こう」
スターノは満たされた笑顔を。
「そうだね___答えを探しに」
リックは寂しそうな笑顔を。
飛行船αは過去と未来を抱えて進む。


その夜、フェリー・クローロンは廊下に立っていた。大きな窓外の雲海と星空を眺めながら。頭からすっぽりと覆うマントと、腰に小さなバッグを巻いて。
「……フェリー?」
「レジ」
俺は御手洗いの戸を閉めてフェリーの側に寄った。
「昼間は……ごめんな。お前を分かった風に言ったりして」
「いいんだ」
「本当に?」
「うん。もうね、いいんだ。僕の方こそごめんね」
俺は何だか悪寒がしていた。そこにいるのは俺の知っているフェリー・クローロンではないような気さえしていた。
「君に毎日、不安か不安か……なんて。そんなの君に聞いても仕方ないのにね」
フェリーに聞かなくてはならないと思った。何故もういいのか。何故そんな格好をしているのか。彼の腕をしっかりと掴んでいなければならないと思った。
「この飛行船で僕と同じ思いをしている人はいないって、気付いちゃったんだもの」
「フェリー……冷えるから、もう寝ようぜ?寝れないなら子守唄でも…談話室で何か」
「本当にそんなこと言ってるの?僕を留めておくため?そんなことしてどうするのさ。もう、分かってるでしょ?」
フェリーは懐から取り出した小型ナイフで窓と飛行船の壁を留めていた縄を切ってしまった。ものすごい風が吹き荒れる。
「γ皇国には行けるようにセットしてあるから安心していいよ」
「何、してるんだよ……!!」
「僕は飛行船から出ていくよ。スターノさんたちに言わないのは悪いけど、君から言っておいて」
「させない!!そんな……!」
「僕にはそんな自由もないの?残酷だね。何も死ぬわけじゃないのに。まぁいいや……“呼ばれて”るんだ。今までありがとう」
「待てッ!!フェリー!!」
俺はとっさに窓から足を出したフェリーの腕を掴もうとした。
「っ、やめろ!!」
フェリーが慌てて振り払ったその手に握られていたナイフ。それが差し出した俺の腕を深く抉った。赤い血が飛び散る。
「……く…っ」
「…………!!」
フェリーは明らかに狼狽えていた。想定外の出来事が起こって動揺しているのだ。しかし、すぐに頭を振って窓の外に出た。今が好機だと言わんばかりに。
「フェリー、待って……行くな……!!」
「……あぁ」
彼は何も出来ない俺の目の前で夜の闇に躍り出た。


「怪我を負わせて『元気で』なんて、僕も大概残酷だ」


最後に聞こえたその声。窓外にはもう彼の香りさえ残っていなかった。未だ吹き荒れる風の中で、たった一人考えることをやめられない。

後書き

大分間を置いてしまいましたが、楽しんで読んでいただけたら幸いです。

この小説について

タイトル 飛行船αの上空紀行勝Φ方に分からない事
初版 2017年8月11日
改訂 2017年8月11日
小説ID 4952
閲覧数 119
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七宮 睦月の写真
熟練
作家名 ★七宮 睦月
作家ID 981
投稿数 11
★の数 55
活動度 1193
拙い文章ですが、楽しんでいただけると嬉しいです

コメント (1)

2017.9.13xukaimin コメントのみ 2017年9月13日 10時02分02秒
(このコメントは作者によって削除されました)
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