飛行船αの上空紀行 - 飛行船αの上空紀行将 守る

___我は成る。そこに在る広大な蒼に。駆け巡る白き翼に。理に逆らえ、統べよ。我は彼の人なり___


「おはようございます、スターノさん」
「フェリー、おはよう。いつも悪いな」
「いえいえ、好きでやっているので」
朝。フェリー・クローロンは朝飯を作っていた。冷蔵庫の中のタッパーを取り出して温めなおす。こんがり焼いたトーストにバターを塗って、全員分の皿に乗せた。サラダの入ったボウルにトングを突っ込んで、タッパーの中身を移した大皿と一緒に食卓の真ん中に置く。テーブルは準備済みだ。それぞれのカップにそれぞれの飲み物を注いで。
「……っと、よし」
「はよー」
「お、おはようございます」
「おっはよ。あー、バターのいい匂い」
支度が終わったところで、モント、ライラ、リックが食堂に入ってきた。それを見てそれぞれの皿にサラダを盛り始める。
「おはよう」
「おはようございます。今日も沢山食べてくださいね」
「う、俺のサラダはいつも通り少なくしてくれよ…」
モントが自分の皿に盛られたレタスの端をついついと突っつく。行儀悪いとリックにその手をやんわりと退けられた。またそこで喧嘩が勃発しそうになる。
「駄目ですよ、野菜だって何だってちゃんと食べないと。身長、僕に抜かされちゃいますからね」
「うるさい……本当に野菜なんか食べて身長伸びるのかよ」
「栄養バランスの話ですからね、それだけって訳にもいかないですけど」
野菜はいいですよ、とフェリーは笑顔で配膳を続ける。美味しいし、見た目もいいし、彩になるし、と言って柄にもなく野菜を語っていた。
「本当だよ、野菜大事。あと運動も。肉ばっかり食べてたって駄目なんだから」
飛び出す野菜蘊蓄を見かねたリックが言う。
「……お前も野菜食ってたのか」
「うん。好き嫌い出来るほど裕福じゃなかったしね。生きるためならなんだって食べたし、運動だって狩りで補ったし。狩りの倉庫に生えてた変な臭いがするキノコとか、あ、家の裏に発生した植物型モンストロとか食べたわ」
あれって植物なのかな、動物?食べちゃったから今更だけど。とリックはあっけらかんと言ってのける。それは多分参考にならないとモントは途中から朝飯を食べ始めていた。相変わらずちまちまと一口が小さい。
「……レジはどうした?」
「俺は今日見てないよ」
「俺もだ」
「わ、私もです…」
「……あぁ、レジなら」
フェリーがサラダをよそう手を止めて思い出したように言う。
「明け方に部屋から出て来ましたよ。どうしたのかって聞いたら、また新しい機械を寝ずに作ってたらしくて。これから寝るから起こすなって言われちゃいました」
「それなら大丈夫か」
「はい。あとで部屋に何か持っていきます」
「フェリーは本当に気が利くな。いい嫁になれる」
「あはは、僕男ですよ」
食べ終わったあと、フェリーはお盆に飲み物やら先程のサラダを挟んだサンドウィッチやらを乗せてレジの部屋に訪れた。コンコン、と二回ほどノックする。
「レジ?入るよ」
扉を開けて、一歩入って、後ろ手で扉を閉める。
“僕”はようやくため息をついた。お盆を散らかった机の上に置いて、膨らんだベッドの上に腰掛ける。布団をはぐと、中には“俺”が入っている。俺のふりをした枕や毛布が入っている。
「___術式融解」
“僕”がそう口にすれば、“僕”のふりをした俺が現れた。フェリー・クローロンのふりをした、レジ・アスファルが。
「うぅ……駄目だ…こんなのじゃ」
俺はぶんぶんと頭を振る。ただでさえボサボサな頭が、もっと絡まってより鳥の巣になってしまった。
俺が明け方まで機械を作っていて今は眠っている、というのは嘘。寝るから起こすなというのも嘘。今この飛行船にフェリー・クローロンがいるというのも、嘘。俺は一番最後の嘘を守る為に、一つ目と二つ目の嘘をついたのだ。俺が、レジがフェリーであることを気づかせないために。いつもフェリーの近くにいたのが俺でよかった、そう思った。
あんなことがあってから、寝ずにどうすべきか考えて、考えに考え抜いた結果、天才の俺が導き出した答えは、不用意にフェリーを探すことよりも、今までフェリーのいた彼の居場所を守ることが大切だということ。彼がいつでも戻ってこられるように、この場所を守り続けると決めた。
この後は俺が皆の前に現れて、しっかりと俺とフェリーがこの飛行船内に存在するということを印象付ける。それが出来たら、完璧までもは行かなくとも当分心配はいらないだろう。
フェリー・クローロンの一日は長い。飛行船の誰より先に起きて、食事の仕度をし、皆が食べ終わったらそれを洗う。昼は飛行船中の掃除と洗濯。夜はまた次の日の準備と夕飯の片付け。風呂洗いは交代制だからフェリーがやるのはほんの時々だが、それでも彼は飛行船をずっと支えてきたのだとわかる。それに比べたら俺は何もしていなかったも同然なのだ。自分の好きなことだけしていたのだから。
「フェリー君!レジの部屋?」
リックの声だ。
「あ、う、今!今行きます!」
「俺が行くから大丈夫だよー、レジの部屋にいるでしょ?開け……」
「だ、駄目!いいいいいま寝かせたところなので!お…僕!僕が行きますから!」
「そ、そう?なんか声枯れた?」
「は!ははは!!働きすぎですかね!!!」
「働かない俺への当てつけ…?」
とりあえず、洗面所にいるから、とリックは去っていった。そこでようやくため息をつける。
フェリーは俺よりも大分声が高いから、声を似せるだけでも一苦労である。喉が痛い。
パンッ、と両頬を叩いて、気合を入れた。
「よし。__我は成る。其処にある広大な蒼に、駆け巡る白き翼に。理に逆らえ、統べよ。我は彼の人なり」
俺の言葉に反応して、遥か遠くの大地から、この大空からセムが集まってくるのを感じた。同時に、自分の意識に膜が張られたように、遠のいていくのが分かる。
魔力が減っている。時間が無い、そういうことだった。
「あ、来た来た。これなんだけど…どの洗剤なら使っていい?」
「包帯を洗うくらいだったら青っぽいやつでいいんですけど……あ、この汚れはちょっとなぁ…いいです、僕がやるので洗ったらお渡ししますね」
甲板で待っていたリックは、いつも腕に巻いている包帯を持って洗剤の種類を聞いてきた。どうにも、今朝のアカマル(トマトのような野菜)スープが飛んでしまったようだ。洗剤なんて、俺にも分からない。適当なやつで洗えばいいと、とりあえずリックを追い払う。
下を向いて、たらいに向き合って、洗剤をつけ、包帯を擦る。視界が泡立っていく。
フェリーは、俺が知らない何かを知っていたのだろうか。俺が知らない感情を知っていたのだろうか。人に言えない何かを抱えて、一人で破裂してしまったのだろうか。頭からだんだんと色が抜けていく。
布が白くなっていった。 なんだかとても虚しくなった。フェリーはいつ戻ってくるのだろう。
戻ってきて、くれるのだろうか。
「フェリー!」
はっとして顔を上げると、甲板にスターノが上がってきた。
「数キロ先に巨大な雨雲があるようだ。今のところはなんともないが、これから近付いたら相当荒れるだろう。どうする?」
空を見上げると、確かに灰色がかった空が広がっていた。そうだ、フェリーは航海士だったのだ。こんな仕事もしていたのだと改めて気付く。
勿論俺は、航海士の仕事なんか分からない。俺はエンジニアだ。俺は機械士だ。
「あぁ、えぇと……」
「フェ、フェリーさん!」
今度はライラだった。
「あ、う、すみません……お話中でしたよね……」
「いや、いい。今頼み終わったところだ」
「どうしたの?」
そう俺が言うと、ライラはもじもじしながら花の入った花瓶を差し出した。
「このお花が……元気がなくて、それで、この間フェリーさんがお花にはさみで何かしたら元気になっていたのを思い出したので……教えて貰ったら、私でもできるようになるかなって…その………忙しいですよね…」
「ふむ、そんな方法があるのか?」
ライラはやっぱりいい子だ。スターノも聞いたことのない方法に興味津々。ただし、俺も興味津々だ。
そんな方法聞いたことがない。そもそもまず花に触らない。生けるなんて粋なことはできない。寧ろ坊ちゃんのスターノの方が知っていそうだ。
「あぁ…うぅ…ごめんね、また今度……」
「フェリー!」
今度はモントだった。
「俺のバチ知らねぇか?リュートと一緒に置いといたはずなのにねぇんだ」
「あー…どうでしょう……」
歯切れの悪い俺の様子を見て、三人は目を見合わせた。
「フェ、フェリーさん、どうしたんでしょうか…」
「あぁ、なんだかいつもより歯切れが悪いな」
「いつもなら最低でもしゃもじ出してくるのに」
どうやら不審に思われたらしかった。いや、フェリーを心配しているのだろう。俺もフェリーが心配でならない。いったい今どこで何をしているのだろうか。というか、フェリーはバチの代わりにしゃもじを出すのか。初耳だ。
次から次へと、フェリーの元へ人がやってくる。彼は本当に誰からも信用され頼られるのだと、三人を適当にあしらって追い払った後、俺は思った。
はっきり言って、限界だ。
俺が使える魔法は独元式と呼ばれる。一般のものは他元式という。
独元式は一瞬の効果を求めれば精神を、長く使えば魔力をくう。
独元式の魔法は魔力の消費は少ないほうだが、今俺が使っている呪文はそうはいかない。人一人の穴を埋める程の力が必要だ。今こうしているあいだにも、体を縛る呪文は魔力を蝕む。
俺は、フェリーの居場所を守ると決めた。決めたのに___

そうして、三日目。俺の魔力は底を尽きず、何とかここまでこぎつけた。
二日目も三日目も、一日目と同じように頼み事をされ、フェリーの人望に感心し、できる限りでそれをこなす。何度か不審に思われてしまうことはあったが、まだまだ大丈夫そうだ。
身体が持てば、大丈夫。
甲板の空は随分と晴れている。洗濯日和だなんて、本当にフェリーの思考が乗り移ったみたいだ。
白いシーツが大きく風で揺れて、手元がもたつく。フェリーの身長は決して大きくはないから、こうして脚立に登らないと洗濯ばさみまでなかなか届かない。不便だな。
フェリーの格好をしている間は、意識が朦朧とする。急激に減っていく魔力に、体が対応しきれないのだ。自分の周りに、透明で分厚い壁があるように感じている。意識を集中していないと、外界との繋がりが切れてしまいそうだ。
ぷつん、と。


ぷつん。


ちょうど、いまの


こんな










あっ。






日が優しく照らす昼下がり。甲板の方から何かが激しく崩れ落ちる音がした。丁度脚立が倒れるような、ガッシャーン!という感じの。
私__ライラ・ベナフシュ達は、いずれも違う場所にいたが、優雅な午後に響いたその音は、誰もがその方向を見つめ返してしまうようなものだった。
一人部屋で日記を書いていた私は、慌てて外に出て、甲板に向かう。
甲板は大騒ぎだった。
「フェリー!しっかりしろ!!」
「脚立退けて、急いで!!モント、レジ呼んできて!!」
「あ……あぁ、分かった!」
甲板の真ん中、物干しロープの下で、顔面蒼白のフェリーが重そうな脚立の下敷きになっていた。彼は瞼を閉じ、動かない。皆の騒ぎ具合からして、息はしているようだった。
「え、あっ………さ、さっきの音って、もしかして……」
「フェリーだろうな」
彼の上から脚立を退けてから、スターノは言った。
フェリーの上に脚立が乗っていたということは、恐らく、彼が落ちる方が先だったのだ。と、ここで彼に異変が起きていることに気がついた。
「………っ、あっ、ス、スターノさん、リックさん……!!フェリーさんが…!」
「これは……!」
「…ちょっと、嘘でしょ」
目の前で起こる衝撃の光景に目を奪われる。
甲板の扉が開いて、モントが飛び込んできた。
「おい、レジの奴どこにもいねぇよ!布団の中も下に毛布やら何やら詰め込んでただけだ」
「モント、フェリーを…いや、そこにいる奴を見てみろ」
「何を……って、どういうこった…!!」
横たわるフェリーの体から、光の粒子が蒸発していた。白っぽく光って、散っていく粒子。それらが消えたところから、フェリーのものでは無い肌や服、髪が見えだしている。


黒い髪、ゴーグル、洋服のフード___それは正真正銘、レジ・アスファルのものであった。

この小説について

タイトル 飛行船αの上空紀行将 守る
初版 2017年11月23日
改訂 2017年11月23日
小説ID 4999
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七宮 睦月の写真
熟練
作家名 ★七宮 睦月
作家ID 981
投稿数 11
★の数 55
活動度 1193
拙い文章ですが、楽しんでいただけると嬉しいです

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