祷りの焔 読み切り版

 皇都 四ノ刻三分 西第三十四区

 神すらも眠るとされているこの時間帯であるが、しかしこの皇都は眠らない。
 特にこの西第三十区以西は、明かりこそ点いていないものの、生きる者全てが眠りに就く訳ではない。
 この時間、神が眠る間は、地上の支配者は人間では無くなる。化け物、人を喰らう、人の天敵。それが支配者の座を占領する。

 綺麗な身形……質素でこそあるが、質は良く真新しい服を着た、男女が歩いていた。その首には逆十時を模った紋章が細い糸に因って吊るされていた……つまりは東区の神官と尼である。
 手を繋ぎ、身を寄せ合って、まるで針鼠の様に周囲を警戒しながら歩いていく。
 舗装されていない道は、一体何処から流れてきたのかも想像できない極彩色の水溜りが点在し、奇形の植物が彼方此方に生え、泥は何故か長靴に張り付いて取れない。

「ここだ」

 そういって若い神官は目の前の家を指した。全区画の中で最も狭く、其処に社会の最底辺達が押し込まれているこの西区だが、この三十番台の区画は更に酷い。
 そんな場所にあって、石作りで二階建のこの建物は贅沢を通り越して皇城に等しかった。

「大丈夫なんですか? 絶対何か可笑しいですって」

 そう言って尼は神官の袖を引っ張る。しかし神官は笑って頭を振る。

「大丈夫だよ。ここは区画整理がされる前の、まだ大戦が始まる前の建物だ。政府持ちのマトモなのだよ」

 そうあやしながら扉の鍵を開けようとする。鍵は掛かっていなかった。
 尼が脅えた様に帰ろうと促すのを無視し、神官は扉を開ける。其処から見える場所には何も無かった。

「やっぱり何か変ですって。やっぱり夜盗とか、化生の類ですって。帰りましょうよ。まだ機会はありますから」
「いや、ここには夜盗はいないし、こんな生きてるのか死んでるのか分からない奴等しか居ない様な所に化生の類が居るものかよ」

 再三の悲鳴を無視して、神官は進む。一階には何も居なかった。床下収納が汚染されていない事を確認すると、二階から何か物音が聞こえ始めた。
 何かナマ物の様な、長い間聞いて居たくない様な、強いて言葉にするのであれば、咀嚼音がそれに近いだろうか。

 嫌悪感すら感じるその音の正体を確かめに、震えてその場にへたり込んだ尼を無視し、神官は荷物から短剣を取り出し、ゆっくりと、音を立てないように階段を上がる。

 其処に居たのは人間だった。月が雲に隠れ輪郭しか見えないが、階段の途中から感じることの出来た血生臭い臭いは、只事ではない事を証明していた。

「貴様ッ! 何も………の……」

 誰何の瞬間、月が雲の切れ間から顔を出した。其処には、人、いや、化物と獲物の末路があった。

「!! ッああ、なん、何なん……だ? 」

 思わず上げた悲鳴が、咽の硬直で擦り切れた掠れ声に変わる。誰何は疑問に切り替わり、手から短剣がすり抜けていた。
 確かに人間ぐらいの輪郭をして、さして大きさにも特異性は無かった。

 しかし、餌を握っているその腕からは血の気が抜けて、おぞましい程肥大化している。手が有ったのだろう場所からは獣のような爪が生えてるだけになっており、血管が浮き出て、所々に開いた穴から蒸気が吹き出してた。
 その肌の色と動揺に、生気の抜けた顔は骨もかくやと云うほど白く、眼は狂気で満ちていた。

 逃げなくては。その衝動は原始的な本能からだった。その狂気を体現させた姿からは、逃げなくてはならないと云う脅迫概念が襲い掛かってくる。
 落とした短剣も拾わず、急いで階段を駆け下り、その場に座り込んでいた尼の腕を掴んで、兎に角走り出した。

「何?! 何なんです? 」

 訳の分からないシスターは只喚くが、抵抗するわけでは無く引張られるが侭に走っている。それは神官にとっては有難かった。
 只走った。普段は取り乱さないよう落ち着きを持った演技をしているのだが、そんなものは全て投げ捨てて只走った。

 その内に三十番台区を抜けて、まだ生活感がある二十番台区に入ると、走りながらではあるものの、流石に安堵を隠せなかった。
 この時間であっても警邏は居る筈である。寧ろこう云った掃溜めにこそ巡回と悪の捕縛が必要なのであるのだから。

 しかし、こんなときに限って、一区画に二十人は居る筈の警邏が居ない。まるで示し合わせたかのように誰も居なくなっていた。

「クソッ! クソがッ!! 何なんだよッ! 何で、何でッ――」

 〇番台区の大通りまで逃げていた。しかし、まるでその恐怖し逃げ惑う様子を嘲う様に、先程の怪物が大通りに出る道を塞いでいた。

「あ、あぁぁ――――」

 シスターも、その姿を見て全てを理解した。これから自分がどうなるのか。

「こっちだ―――」

 反対方向に向かおうとしたが、しかしそこには同じ怪物がいた。 まるで鏡で写し取ったかの様に……暗がりのために、顔の細部こそ神官には見えはしなかったが、慎重や各所の形が寸分違わず同じな事に、言葉に出来ない恐怖が襲った。

 逃げられない、動けない二人を嬲る様に、半歩、また半歩とにじり寄って来る怪物に、遂に生きる気力が無くなろうかとした。

「逃げろ! そこの! 」

 突如、大通り側の怪物が後ろに吹き飛んでいった。
 其処には、未だ少し早い外套を纏った少年が居た……神官は声からそう判断した。
 そういうが速いか、少年は壁を蹴って二人を飛び越えると、もう片方の、二人の直ぐ其処まで近づいていた怪物を飛び蹴りで仰け反らせる。

「逃げろってんでしょ! 速く、そこ出て右で門! 」

 少年は二人の襟首を掴んで、怪物の障害の無い大通りに二人を投げ込む。

「き、君は? 」
「俺は生き残れるから、あいつらが寄ってこない内に、早く! 」

 怪物を蹴り飛ばしながら叫ぶ、後姿のその少年に後ろ髪を引かれながらも、指示された方にシスターと必死に走った。文字通りに必死に。

 その覚悟とは裏腹に、直ぐに目的の場所に着いた。 
 直ぐ其処で起こった出来事を説明しようにも、息が乱れ、興奮して、二人とも支離滅裂な単語を泣き叫ぶ事しか出来なかったが、二人のあまりにも必死な形相に、恐らくは夜盗にでも襲われたのだろうと早合点した。


 さて、二人を見送った少年は、二体の怪物と戦闘を続けていた。

 後ろから迫った一体を回し蹴りの様に踵で顎を蹴り飛ばし、その隙を点こうとしたもう一体の肥大化した腕の爪を、体を捻って避ける。そして逆にその隙に鳩尾に連打を叩き込む。

 背中からまた襲い掛かる腕を、支点に肘を打ち込んで阻止し、顔に裏拳を放つ。

 並の人間ならば最低でも気絶していた一連の攻撃も、しかし怪物には聞いては居ないらしい。
 後ろに二三歩飛び退いた少年は、効き目の無い事を再確認して溜息を点く。

「やっぱり……やらなきゃダメか…………」

 飛び退いた事で正面から対峙する事になった二体が、示し合わせたでもなく同時に飛び掛る。

 片方の腕を片手で往なし、もう片方の頭に、もう一方の肘、そのまま往なした側の怪物の鳩尾にに拳を打つ。
 両方が怯んだ所に、一体の頭に膝、仰け反った所にそのまま脚を伸ばして蹴りを入れた。
 そしてもう片方の、肥大化していない腕を掴み、そのまま投げ飛ばす。

「スゥゥゥゥゥ―――」

 少年が大きく息を吐く。と、周囲一体の空気が、雰囲気が変化する。
 まるで水の中の様に、怪物の動きが、音が、色が、鈍る。まるで粘度の高い透明な液体で満たされたかのように息苦しくなる。

 怪物が身動きの取れない事に気付いてもがき始める。しかし雰囲気は密度が濃くなる一方で、足掻きの成果は無かった。

 そんな中で、少年は何事も無い様に深呼吸を繰り返す。息を吐く度に雰囲気は濃くなり、その度に音は更に遮られ、光が届かなくなっていく。

 遂に自らの腕すら満足に見られなくなった時、突如、周囲の雰囲気が少年に向かって流れ込んでいった。
 少年に纏わり付き、暗灰色の人型になった時、少年は呟いた。その声は、纏わり付いた雰囲気に遮られる筈が、しかし周囲にしっかりと伝わった。

「――焼成、――――」

 その言葉と共に、気体が纏わり付いたような人型が、何かの焼ける様な臭いと音が響くと連動した様に縮み、整形され始める。
 それは、一定の形を目指しているかのように流動し、最後にはある形を描いた。


 其処には、白銀で覆われた鎧があった。

 全身隙無く流麗な白銀の装甲で覆われ、しかし全身鎧特有の動き難さ等は感じさせない。
 ただ、流麗な以外は一般的な全身鎧と変わらない中、腰には未来感溢れる金属的なベルトが巻付いており、兜の眼の辺りの部分が黒い流麗なカバーに覆われていると云う特異な形状をしていた。

「さあ、怪物共、覚悟は良いな? 」

 人差指と中指、二本指を突き出しながら怪物に問う。その節々からは蒸気が吹き出ていた。

 怪物達は、自分達の動きを阻害していた何物かが無くなり、その鬱憤を晴らすが如く鎧に飛び掛る。

 それを一瞥する事も無く、ほんの少し速かった方の顎へ蹴りを入れ、続けて、ほんの少し遅れていた方へ踵をぶつける。
 蹴り飛ばされた個体は、勢いのまま石畳の舗装を砕き、もう一方も煉瓦造の建物に顔を埋めていた。

 怪物の状態を確認することなく、鎧はベルトの右側に有る円形の部品を捻った。
 すると、具足の隙間から、焼成前に漂っていたのと同じ雰囲気が漏れ出す。それは、周囲に散る事無く具足に纏わり付いていた。

「第二焼成――」

 その言葉が言い終わる前には、先程と同じような工程が始まっており、具足の両足の踵に、更に何かの機械と、其処から一本のピストンが延びていた。

 先に、建物に首を突っ込んでいた個体が覚醒し、飛び掛る。それに向かって、鎧は左足を無造作に突き出す。
 何も考えていない蹴りは、当然怪物には当たらない。しかし、脚を伸ばしきった時、具足に現れていたピストンが縮んだ。
 かと思うと、怪物の胴体一杯に円形の穴が穿たれた。
 皮一枚では飛び掛った時の速度に耐えられなかったのか、上半身と下半身が泣き別れ、地面に叩き付けられて絶命した。

 絶命を確認する為に振り向いた時、忍び寄っていたもう一方の怪物が血塗れの爪を突き出す。
 それは鎧の装甲を突き破り、中の少年の臓腑を破壊するはずだった。
 だが、実際は装甲に一切の傷を付ける事は叶わず、逆に右足で顔に蹴りを入れられる。
 右足のピストンが勢い良く縮む。それと同時に怪物の顔が霧に代わり、残った胴体は後ろに倒れこんだ。

 それを確認すると、鎧が蒸気に分解され、少年が再び現れた。
 少年は、その眼に何も写さないまま、長い間そうして佇んでいた。
 そうして暫く経った。教会の鐘が鳴ったのが聞こえてくる。時刻は七ノ刻二分、もう直ぐ朝日が昇る頃だった。

「……! 七回、二回、あぁ、もう直ぐ朝か」


 そう言って少年は空を見上げた。その瞳には星明かりが一切の濁り無く写っていた。

後書き

始めまして。暁(あかとき) 弥生(やよい)と申します。

他のサイトでは幾らか書いたりしているのですが、このサイトでは全くの初めてでありますし、ファンタジーは手を付けた事が無かったので、習作兼御挨拶として短編を投稿させて頂きました。

この短編小説(?)は、本来は連載小説用に書き起こしたプロットを元に、最初あたりの要素を詰め込んで書き起こしたものです。

もし「読みたい」的な意見が寄せられたら連載小説として挙げます。

御意見、批判、感想、何でも良いので声を下されば有難いです。宜しくお願い致します。

この小説について

タイトル 祷りの焔 読み切り版
初版 2018年2月9日
改訂 2018年2月9日
小説ID 5006
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暁 弥生の写真
ゲスト
作家名 ★暁 弥生
作家ID 1100
投稿数 1
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活動度 92

コメント (1)

利根 ちく 2018年2月10日 2時21分52秒
 表現が難しいジャンルだと思うのですが、細部が細かく表現されていて、読むとその情景がはっきり理解でき、表現にこだわりを感じます。
 続きがとても気になります。続きを楽しみにしています。

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