飛行船αの上空紀行 - 将供Π魔

フェリー・クローロンが倒れてしまった…と思ったら、実はレジ・アスファルだった。こんなことがあっていいものか?一体、どういう状況なのだろう。私__ライラ・ベナフシュは考えすぎて、もうすっかり煮詰まってしまった。
そんな日が続いてから、数日が経った昼。
「……着いた、ようなのだが……」
スターノが気まずそうに言った。どうやら、γ皇国に到着したようである。
「あー…どうする?飛行船に置いて行くわけにもいかないし…荷物がない分、昔みたいに担げるかなぁ」
「賢者の家も見つかっていないんだぞ、長時間歩くことになるかもしれん。大丈夫なのか?」
「っはは……」
カフェテラス。リックとスターノは、レジをどうするか話し合っているようだった。どうやら担いで人探しは無理らしい。
レジは自室ですやすやと眠っている。魘されているようだが、モントがそばについているところだ。モントも勿論家族同然なのだろうが、一番側で彼の手を握っていて欲しかった人は、飛行船のどこを探してもいなかった。
「賢者かレジか…誰かに残っていてもらうか…?」
「あ、あの!」
私は咄嗟に二人の間に割って入った。
「どうしたライラ」
「分かってるとは思うけど、レジと一緒でもライラちゃんだけは置いていけないよ?」
「あ…い、いや、そうじゃなくて…す、少し歩くんですが…」
「え?」
私は魔法式の地図を広げて、現在地として光る場所から少し離れた森の辺りを指した。
「ここ。この辺りに祖母が住んでいるんです。ここにレジさんを預けられると、お、もうんですが」
その話を聞いた二人は目を見合わせた。
私の提案はなかなかいいものだと、言ってから思った。もし拠点として使えたとしたら、祖母がレジの世話をしてくれると思うし、スターノやリック、モントも私という未成年を気にせず賢者を探すことが出来るだろう。
それに、久々に知った顔が見たかった。ただの私のわがままだ。
「それはありがたいが…急に押し掛けて迷惑ではないのか?」
「だ、大丈夫です。祖母の家は広いんですよ、や、野菜も沢山あるし」
「しかしだな…」
「いいじゃない、ねぇ」
「リック、お前な」
「スターノ」
「な……あぁ、そうか。そうだな。そうしよう。ライラ、案内を頼めるか」
「え、あっ……はい」
リックが肩を小突いて、スターノはハッとしたようだった。どうやら、気を使われてしまったらしい。リックがウインクをしてきたのがその証拠だ。しかし確かに私の心は踊っていた。祖母に会うのは一年ぶりくらいだろうか。
その後、私はタオルを持ってレジの元へ向かった。ノックをして扉を開けると、モントが部屋を大方片付けた後だった。ひどく眠そうだ。
「ライラちゃん」
「モ、モントさん、眠り、ましたか…?」
「眠り…?あぁ、寝た寝た。でもちょっと休みてぇかな…悪ぃ、少しだけいいか」
「はい…たくさん休んでください」
「たくさんは休まねぇよ、すぐ戻ってくるから」
そう言ってモントは部屋から出ていった。多分、いや絶対にあれは一睡もしていない。ずっとレジを見ていたのだろう。クールなようで心配性で面倒見がいい、その事を何故か恥ずかしがる。それがモントだと浅い付き合いの私でも分かっていた。きっと自室に入った途端ベッドに崩れ落ちるのだろう。
レジは相変わらずすやすやと眠っている。普段から子供のような彼だが、眠り顔はもっと子供のようだ。世の中の全ての邪念を忘れたような感じがする。
眠りすぎなのか、彼の首から一筋の汗が流れ落ちた。持ってきたタオルで、拭おうとする。その瞬間、ハッとしてしまった。
綺麗な顔、長いまつ毛、じっとりと汗ばんだ白い肌。だんだん、子供っぽいと思えていたその顔が妖艶なものに見えてきた。
「ひえっ…」
思わず目をそらしてしまった。前にもこんなことがあった気がする。確か、二日酔いのリックの…デジャヴだ。
どっどどどどうしよう、具体的にどうすればいいか分からないけれど、同じ空間にいるとそわそわする。とりあえずここからでて…
そう思って、扉に手をかけた時だった。
「どこにいくんだい?」
「ひょっ」
後ろから、声が聞こえた。それは確かにレジの声で、さっきまで寝ていたと思ったのだが…でも、口調が違うような気がした。
「だ、だっ誰か呼んできます…!」
「駄目だよ、そんな事しちゃぁ。特にリックは駄目だ。あの子は僕が僕だと分かった途端に、悪魔でも祓うみたいにレジの背中を叩き続けるよ。そうしたら、この子の白い背中に真っ赤な手形が付いてしまう。そんなのいけないよ……んふふ、こっちにおいで?タオルを貸してご覧。僕が拭いてあげよう」
私は恐る恐る手だけを前に出して、目の前のレジにタオルを渡した。彼はニッコリと微笑んで、汗を拭きだす。首の後ろから背中まで、勿論顔も。
「あ、あなたは…ど、ど、どどちらさまですかっ…」
いつも異常に声が震える。
目の前にいる彼はレジであって、確実に、レジではなかった。
なぜなら、彼は自分の体を自分のものではないように表現するのだ。「拭いてあげよう」とか「この子の白い背中」とか。
「好きな名前で呼んでくれて構わないよ…でも、君にそんなことはさせられないな。皆は僕のことを、『黒血の色魔』と呼ぶ。…でも本当は、シュヴァルツ、とだけ呼んで欲しいんだ。んふ、そんな長ったらしい二つ名じゃなくてね」
「シュヴァルツ…さん」
「そう。君は優しいね…んふふ、本当に優しい子だ」
ふと笑ったシュヴァルツ__見た目はレジだが__を見て、彼がリックの半身である悪魔なのが分かった。笑う時の目の細め方や、喋り方がどことなく似ていた。ならばリックのことを知っているのも道理だろう。
「シュ、ヴァルツさんは、ど、どうしてレジさんに…」
「レジのセムが薄くなった気がしてね。心配になって見に来たのさ。そうしたらこの様だ。全く、昔から優しくて純粋で、後先考えず無茶する子だったけれど…少しは直ったと思っていたのに。彼はそんなところも可愛いよね。取り敢えず僕の回復力を移すために彼の中に入ったら、君が隣で真っ赤になっていた、というわけさ」
「レジさんとお知り合い、なんです、か? 」
「うん、まぁそういう事になるかな。一方的に彼を知っているだけだから、知り『合い』と呼ぶことはできないかもしれないね。あの時の彼は本当に、今よりもひ弱で、あと少しで死ぬというところだったのに…今はほら、見てごらん。こんなに腹に備蓄を蓄えている」
そう言うとシュヴァルツは腹を捲って、贅肉をつまんでみせた。他の人の体でそういうことをしてはいけないと思う。
「レ、レジさんは大抵発明に没頭しているので…部屋からは全然出ないんです…あ、でも、古代文明の為なら、走り回ったり、温泉、掘り当てたりするんです、けど…」
「んふふ、そうだね。知っているよ。塵の都のことだろう。あんなに元気になって、目頭が熱くなったよ。僕は嬉しい。リックが彼を見つけた時は驚いたけれど……おっと、ここからはまだ君が知るべきところではないね。ライラ、君の話をしようか」
「わた、私の名前…」
「よく吃るね、人見知りかな。いきなり知らない奴と一対一で話しているんだから当然か…悪いことをした。あまりお祖母さんには似ていない?…あぁいや、根本にあるのは変わらなそうだ。世話焼きで、人を憎めないお人好し」
「おばあちゃん、し、知ってるんですか…?」
「んふふ、そうだね。彼女とは浅からぬ縁がある。ギルドαと同じようにね。…彼女には縁だなんて言葉で片付けたら、怒られてしまうかな。今度は彼女に会いに行くんだろう?ギルドαはゆったりしているようで、本当に忙しないね。君も気をつけないと、時間の流れに飲まれてしまうよ」
「…………」
「そうだ、君は今日記を書いているんだよね、飛行船αについての。君はどこまで記すつもりでいるんだい?現在と未来___過去までも、掘り返す気でいるのかな」
「……なっ、………」
「長生きな僕には到底及ばないけれど、それでも彼らの昔は濃いものだ。思い出したら狂ってしまう…そんな代物もあるよ。それを君は知るだけでなく、記そうとしているんだ。それがどういう意味か、君でも分かるだろう」
シュヴァルツはレジの大きな目を細めてみせた。いつも彼がしないような妖艶な笑みを“彼”はしてみせた。
恐ろしくなった。
今目の前にいるのが私が知っている彼ではないことを自覚したからではない。私が日記のことを如何に深く考えていなかったのかということ、“彼”が発した問いから逃げられないということ。きっといずれ考えなくてはならなかったことを叩きつけられたということが恐ろしかった。
「……んふふ、意地悪を言ったかな?すまなかった。それでも君には、記す者としてそれ相応の覚悟を持って欲しかったんだよ。文字は言霊を形にしたものだからね、力を持っていないはずがない。君が記すのは自分のことではないようだから__君が力に飲まれないように。そうだね、彼女のよしみでの忠告だ。彼女がこれ以上悲しむことは、僕が阻止できることであれば止めなくてはね。ライラ、お祖母さんを大事にするんだよ」
「………そ、そんなの………」
当たり前だと言おうとした。しかし、目先に置かれた“責任”に目が奪われて何も言えなかった。
「んふ、当たり前、かい?周りの人達を大切にするなんて当たり前すぎて、破ったら人間を辞めなくてはいけないよね?そう、人間をさ……気がついたら意外と人間じゃなかったりするかもしれない?」
「そ、そこまでは、いい言いません……」
「……そう?贖罪のチャンスを与えるべきだとおもうのかい、どんな悪人にでも。人の道を外れてしまった輩にも、優しさを分け与えるべきだと思うかい」
君もそう思うのかい、とシュヴァルツは言った。もしそうならば、僕が思っているよりも世界のつくりは単純なのかもしれないね、と。
話はどんどんズレていったのに、なにやら答えは似たような場所にあるような気がした。
彼は一体、誰の話をしているのだろう。
目の前にいる男は、確かに悪魔だった。
「さて、レジは充分起きられるだけ回復したようだ。僕は帰るとしよう。もしかしてまだ僕に何か聞きたいことでもあったかな、木霊の娘よ。……悪魔は本来人を惑わす物だからね、そう、こうやって耳元で根幹に優しく囁きかけるようにさ…」
シュヴァルツはふわりと私の耳元に顔を寄せて、ふぅ、と息を吹きかけた。
「わっ…」
「んふ、可愛いなぁ、若いって素晴らしいね。君には『あんな悪魔の戯言なんて気にしなくていいよ』と言ってあげたいところだけれど、今回は言わない。それが僕から君への精一杯の“善意”だからね。こればかりは忘れて欲しくない……その他のことは忘れていいよ。ほら、このレジの備蓄のこととかさ」
彼はまたシャツを捲り上げ、白い腹のぜい肉を摘んだ。人の腹を摘むな。
「これはレジの結構な秘密なんだよ?あの子、結構着痩せするタイプだから。自分の好きなことしかやりたくないが故に、皆にバレないようにしているんだね、運動したくないんだ」
悪魔は悪戯に笑って見せた。実際そうなのだろうな、と納得してしまう。
「…本当にそろそろ帰らないとね。今レジの体に少しでも定着してしまったら大変なことになる。なに、心配することはないさ、またすぐに会える__本当にすぐにね」
彼はレジの長い睫毛を伏せて横になった。



「おやすみ、ライラ。木霊の娘__」

この小説について

タイトル 将供Π魔
初版 2018年8月11日
改訂 2018年8月11日
小説ID 5051
閲覧数 5
合計★ 0
七宮 睦月の写真
熟練
作家名 ★七宮 睦月
作家ID 981
投稿数 12
★の数 104
活動度 1301
拙い文章ですが、楽しんでいただけると嬉しいです

コメント (0)

名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。