言霊修行寺院 - 言霊修行寺院〜壱〜

今、森には静寂が満ちていた。風が吹くたびに、葉が唸るようにざわめく音と、川の淡白な声を除いては、全くの無音であった。
この静寂は、生物が動けば破られるものである。よって、この静寂も長続きはしない。現に、何かが草を踏みしめる音がかすかながら聞こえ始めた。徐々にその音は大きくなり、その音に混じって、茶褐色の大地を乱暴に蹴る音も混じり始めた。音のテンポは速い。走っているようである。
その音の主は川を目指していた。鬱蒼とした森に挟まれた小川である。小川といえど、上流の域なので流れは速く、泳いで渡るのは難い。
音はいよいよ大きくなり、川のほうから森をみれば、何かの黒い影が蠢いているのがわかる。時折、小枝を折ったような軽快な音が響く。
音の主は鬱蒼とした森を飛び出し、川の土手に着地した。石が生物の足と地面に挟まれ、四方へ弾け飛んだ。
音の主は人間であった。不愉快でも愉快でもなさそうな、灰色の目をした男である。年齢は十四ほどだろうか。頭髪は後ろでくくられ、うなじの辺りまで垂れ下がっていた。背丈や体格には全く特徴のない男である。服装も、麻でできた浅黄色の簡素なものだ。特別なところは何もないただの男だ。
男は川に一瞥をくれると、表情一つ変えず、口から声を発した。顔の裂け目がゆっくりと、しかし雄々しく動く。
「一」
何を思っているのか、男はそういった。木々はその奇怪な行動を嘲笑うかのように揺れつづけている。
やや恥ずかしいことをしたにも関わらず、男は無表情のままである。それは聞く人間がいなかっただろうか。はたまた何か目的があってのことだろうか。
男は顔を下に向け、川を睨んだ。ただせせらぎを鳴らしつづける水があるだけである。それだけである。それだけのはずであったが――
何か半透明のものが川の表面を覆っていた。それは対岸のほうまで続いており、まるで橋のようであった。男のほうからみればただの線だが、横からみれば、ちょうど「一」の形であった。
男はまったく当たり前のことのように悠然とした足取りでその橋に右足をかけた。右足はそれを突き破るわけでもなく、川に落ちて濡れるでもなく、橋に乗った。左足を出す。同じく、橋に乗る。右足、左足、右足……。
川は大河ではなかった。故に、男はまもなく橋を渡りきった。渡りきり、橋から地面に体重を預けると、後方の川に向き直り、口を動かした。脱力しきったような、未知なる力が込められたような、不可思議な音が空気を震わす。
「却」
男がいうと、川にあった橋の下に流れていた水が弾けた。球状の水が空を舞い、力なく川に帰る。そしてみれば、もう橋はなかった。滅却されたかのようであった。
男はまた森のほうへ体を向け、走っていった。

「今回も遼洸が一番に帰ってきたぞ。こいつは言霊については今一つだけど、体力については一級品だ。馬鹿にできないぞ。お前らも精進しろよ」
そういう男の隣に立っているのは、灰色の目を持つ男である。遼洸と呼ばれたその男の目の前にいるのは六人の男女である。どのものも遼洸と同年齢ほどだ。背景には森が広がっている。
遼洸の隣に立っているこの男は関祥という名を持つ。言霊という東洋魔術を遼洸、ならびに目の前にいる六人の男女に教え込んでいる。
言霊は、対象の名を漢字一文字で表現し、叫ぶように発することで、自由に操作できるようになる……というのが本来の力であるが、遼洸だけはなぜか発した漢字を、漢字の形通りに出現させてしまうのである。川での一件もその力を使ったものだ。
「じゃ、今日の訓練はこれで終了だ。寺院に戻るなり森で自主鍛錬するなり、自由に過ごせ。以上、解散」
関祥はそういって、踵を返して歩き出した。その足は関祥や遼洸たちがねぐらとしている寺院に向いているが、ここからは木に隠れたりしてみえない。
関祥がある程度離れると、六人は伸びをしたり、屈伸をしたり、「疲」と唱えたりして、練習の疲れを取り除いていた。「疲」と唱えれば疲労を操れるようなるが、自分自身に術をかけることになり、危険が伴うため、魔術に自信のあるものだけがこの方法を使っている。
遼洸は六人をみることもせず、六人に近づかないよう大回りをして森に向かっていった。疲れはたまっておらず、もう少し鍛錬を重ねたいからである。また、六人から離れたいという願望も理由のうちなのだが、遼洸はそれを胸中で黙殺していた。
この六人のなかに、遼洸の友は誰一人としていない。
六人のだれもが、遼洸を人として認めていないのである。言霊をまともに操れない遼洸をみて、最初は、慣れていないからだと理由付けしていたが、年を重ねるごとにそれは理由として苦しいものになっていき、六人はもう遼洸は言霊を使えないものとして決め付けている。
ある一人に、深夜に呼び出されて叩きのめされたこともあった。ある一人に、飯をひっくり返されたこともあった。ある一人に、足袋の中に蛭を入れられたこともあった。遼洸に対する虐めは酷いもので、遼洸は直接関祥に相談しにいったこともあったが、関祥はただの一言で済ませた。「お前が弱いのがいけない」である。
以来、遼洸はとにかく肉体鍛錬に力を注ぎ、喧嘩では六人を圧倒するものにした。それで、肉体的な虐めは根絶できたが、一切喋りかけてもらえないという精神的な虐めがまだ残っているが、
心が強ければそんなの平気だ、
と遼洸は確信していた。
そして今に至る。相変わらず遼洸は孤独である。今も静寂を以って遼洸を飲み込もうとする森と、真っ向から一人で対峙している。胆力のないものなら怖気づいてしまうほど、森の迫力は凄かった。が、遼洸には、感情の二文字はもはや無縁のものになっていた。
太陽は低くなってきている。森には黒々とした空間が広がる。その黒の中に身を投じようとしたときであった。
「えっと……遼洸……さん?」
小鳥のような高音が背中から聞こえた。遼洸は表情を変えずにいながらも、声をかけられたことに大きな驚きを感じていた。疑るような緩慢な動きで振り返ると、二歩ほどの間をあけて、女性が立っていた。あの六人のうちの一人である。名は知らない。いかにも女、いや、処女といったほうがよいだろうか。おしとやかな顔立ちはそれに似ていた。その顔につややかな長髪がよく似合っている。身がやや細いせいか艶めかしさは感じられないが、清純な感じが溢れていた。おとなしそうな女である。
「これから森で鍛錬するのですか?」
小鳥が言葉を持ったような声にしか聞こえない。それ以外の比喩は感じさせないほど小鳥に似ているのだった。
遼洸は灰色の目を光らせるでもなく、瞳孔を細めるでもなく、顔に一切の感情を宿さずに、こくり、と頷いた。
「それでしたら、一緒にいきませんか?」
女は首をかしげながら、いった。遼洸は無表情のなかの、目だけを糸のように細め、女を鑑識するような目付きで見た。女は目をハの字にして困ったような表情を作った。遼洸から目を逸らして、居心地が悪そうに視線を流浪させている。
遼洸は別にこの女が気に入らなかったわけではない。ただ、一緒にいこうという誘いが非常に疑わしく思えたのである。今まで一言も喋りかけられなかったのにも関わらず、今更一緒にいこう、とは、どこかしら怪しさが感じられる。また何かをするつもりなのだろうか。途中で遼洸を嘲笑う状況を作り上げる罠でも作っているのだろうか。
疑心暗鬼になりすぎだと思うかもしれないが、かれこれ遼洸、および六人は八年の歳月をともにしているのである。それほど長い時の間に受け取ったものは苦痛でしかなかったのだから、六人に対する信用がないというのは否めないだろう。さらにいえば、遼洸は六人を敵と見ているといっても過言にはならないだろう。
とはいえ、この女、目に曇りはない。目だけが人を判断すう材料ではないが、目は口ほどにものをいう。嘘をついているか否かは目だけで判断できるのである。そして女の目に嘘はなさそうであった。
遼洸はさんざん思案した挙句、女をついてこさせることに決めた。軽く頷いて、女の反応を待たずに森へ駆ける。視界は一転して黒一色になり、慣れないものならば方向感覚を一瞬で無くしかねなかった。しかし遼洸は、持ち前の俊敏さと、森に親しんだ足とで、音もなく岩から枝へ、枝から岩へ、飛び、跳躍し、飛翔した。芸術のごとき鮮やかさである。
「あの! 遼洸さん! お話聞いてもよろしいですか!」
後方よりあの女の声が聞こえた。どうやらついてこられているようだ。遼洸は返事に迷った。はい、か、いいえ、の問題ではなく、返答方法に迷ったのである。視野が激しく揺れているこの状況では、頷いても何をしたのかわからないだろう。かといって、口で答えるのは気に食わない。あまり話したくはなかったのである。
結局遼洸は聞こえなかったふりを決め込むことにした。そして二度と問いを受けないよう、さらに速く移動して女からの距離をとろうとした。空気が外耳にて渦巻き、鼓膜が雷撃のような音をたてて震えている。足はその細さに似合わぬ勇猛さで遼洸の体を、まりのように進めていく。そして女のとの距離はどんどんと広がっていく……。
遼洸は日が沈みきるまで走りつづけた。筋繊維がズタズタに崩壊し、烈火のような痛みが足に蔓延するまで走った。そして遼洸は寺院に帰っていった。女のことは気に留めていなかった。

後書き

「ドラゴニストが完全に詰まってしもぅたぁー(T-T)このままじゃ埒があかん!他のを書いてしまぇ……」
というわけで書きました(ぉ×100
ホント、ドラゴニストめっちゃ詰まったんすよ。展開が「つまらない」「理論的におかしい」などなど……。ボロが出始めました(汗)。今まで考えてたのにもう一つ思いついたやつを加えても全部ボツ……。
このままだと何ヶ月かかるかわからないので、「言霊〜」輩出します。苦渋の決断です。許してください……。それと、イカサビ先輩!見ててください!w
そのうち思いつくさ、展開……。という甘い考えを持つ馬野鹿麻呂でした。
「ドラゴニスト頑張らんと……。言霊もちゃんと書かんと!なんとかなるさ!多分……。いや、違う。なんとかするんだ!頑張るぞぉ!オォー!!」
注:分類、および雰囲気は毎回考えるのでそれぞれ違う可能性がありますが御了承ください。

この小説について

タイトル 言霊修行寺院〜壱〜
初版 2005年11月10日
改訂 2005年11月10日
小説ID 537
閲覧数 856
合計★ 5
馬野鹿麻呂の写真
ぬし
作家名 ★馬野鹿麻呂
作家ID 13
投稿数 19
★の数 73
活動度 2884
本と小説と獣と竜と鳥とポケモンとデジモンとレジェンズと音楽と数学とスキーと雨と午後ティーと豚肉が餌。

コメント (3)

弓射り 2005年11月10日 22時46分57秒
・・・イイっ!
えーっと、もう1度、誤字等が数箇所あったので、そこらへん直していただければ、これは一個の作品としてイイ(・∀・)ですね。
 ドラゴニストもいいんですが、こっちはよりラノベに近いテンポで読みやすいです。初話なので、これを普通、つまりこの面白さを基準に次回からは評価にしていきたいと思います。

 それと、見切り発車と連載多重負担には十分ご注意を〜(^^;
★W.KOHICHI コメントのみ 2005年11月11日 13時34分52秒
あー、詰まっちゃう感覚というのはよく分かります。私にもよくある事ですから。
違うシリーズを始めたというのは正しい選択だと思います。いっその事あと2シリーズくらい掛け持ってしまうと怖いものはなくなるのではないでしょうか。
それは極端としても、私の考えとしては、物語というものは「降りてくる」ものだと思っています。つまりノっている時はバリバリいけるし、ダメな時は全然ダメみたいな。
ただ、それを言い訳にしてしまうとよくないですけど。努力もある程度は必要な事は明らかですし。
以上、マイナーSS書きの経験談でした。参考にしてもらえれば幸いです。
匿名 2005年11月13日 8時56分52秒
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