夢オチの言い訳


 「僕と彼女の……」


 ……机…に…つっぷしていた体が突然びくっとなって、僕の意識は急激に覚醒したのだった。極めて突発的で、それでいて予想の範囲内で、とてもまぬけな「びくっ」は、隣の席の女子を「ぷぷっ」と軽く吹きださせる。その自覚のない悪意は、びくっとしたばかりの体にすぐさま充満してくるので、僕はガス抜きのために目覚めていないふりを続けなければならないのだ。
 こんな恥ずかしい思いをするのも、僕のせいではない。世界史の授業が僕を眠らせているのだ。被害者なのに笑われなければならないとは腑に落ちない。僕の対抗する手段といったら、人生にストライキをかけるしかないのだ。眠らされる僕は、世界史の呪文を逆手にストライキに入る。態勢はすでに整っている。「びくっ」となった以外、僕は体を少しも動かしていないのだから。
 閉じているまぶたに力が入りすぎていたので、リラックスさせる。脳の回路が次々と、火花を散らして断線していく。この感覚が続いていくと、しだいに心地よいまどろみのなかに漂うことになる。意識が暗黒の世界へ。そし…て見え…る…光が……。

 ……で…は問…題です。西暦二千三百十八年に達成されたプロ野球のある記録とはなんでしょう。制限時間は一分です。と、司会者が言うと、解答者の五人は一斉にペンを走らせ、一斉にその手が止まった。
 なんだよその問題は。今から三百十二年後のことなんてわかるわけないだろ。ていうかこれからも三世紀続くのかプロ野球は。
 解答者のブーイングも無理はない。僕は暗い部屋でクイズ番組を観ながら、女の人とセックスをしている。彼女は息も絶え絶えに、「金本の、五万試合、出場達成」とつぶやく。さすが彼女。大正解。さすが金本。超鉄人。御年三百五十歳。
 テレビの向こうの五人の解答者は、まだ司会者に文句をぶつけている。そりゃあ怒るのも仕方がない。三百十二年後のことは、わからない人の方が断然多い。
 制限時間が過ぎ、ブッブーとレトロな時間切れを表す効果音が鳴る。いや、鳴り止まない。ブッブー。ブッブー。そんななか司会者が正解を言うために声をはりあげる。残念、時間切れです。正解は「金本選手の五万試合達成」でした。ブッブー。正解したからか、彼女は満足そうな表情をしている。僕もうれ…し…いよ……。

 ……こ…の…音はなん…だ。教室もざわついている。あっ、非常ベルだ。火事?
「みんな、静かにしなさい。多分誤作動だろう。そのうち放送が入ると思う。それより、もう終わっただろうな」
 誤作動? 時間? なにが終わってるって? 先生の言うことがいまいち頭に入ってこない。まだ脳は寝ているようだが、体を机からむりやりに引きはがした。すると、肘の下に、紙がはさまっているのに気がついた。五行くらい、なにか書いてある。
「まぁ約一名、終わってない奴がいるみたいだがな」
 先生の声が続き、クラスに笑いがあふれた。
 僕は瞬時に了解した。僕が寝ている間に、テストがあったのだ。
 条件反射的に隣の女の子を見てしまった。彼女は横目でこちらを見て、口元を曲げていた。
 君はテストでも、大正解だったんだろうに。
 僕の不愉快で理不尽で、やつあたり的な感情は、僕を「えー、先生、かんべんしてくださいよー」なんてお調子者の、クラスのお笑い担当みたいなキャラにはもちろんしてくれず、クラス中の視線を無視し、ふて寝する以外の選択肢を許さなかった。
 僕の態度は教室をしらけさせるだけだったが、それにより僕のプライドは守られたのだ。
 覚醒しきってなかった僕の脳は、再び断線を繰り返す。もうこの授業は捨てた。むかついたから、寝させ…ても…らう…よ……。

 ……逃…げ…ても逃げても追いかけてくる。電柱の影にいる怪人は、タバコに火をつけニタリと笑う。おまけに僕の逃げる方向を、「あっちだよ」と指図する。奴の言う通りになんかしたくないのに、僕の背景が、周りの景色が、勝手に変化してどんどん遠くへ飛ばされる。
 やめてくれ。僕はデパ地下で買い物などしたくない。ほら見ろ。エビとアボガドのサラダを求めて主婦が大挙している。そろいもそろって下半身を露出している。あなたたちは主婦でしょう。エビで前を隠せ。
 僕はひな壇に立って声をからす。すると例の怪人が音もなく近づき、僕の口にエビとアボガドを押しこむ。それは口の中でヘビとマングースに変化する。二匹が口の中で争うので、僕はうまくしゃべれない。怪人から逃れようと、僕が必死に抵抗すると、「じゃあ、そうしてあげよう」と怪人が言って、ヘビとマングースがエビとアボガドに戻る。なぜ助かったのかはこの際考えないぞ僕は。そして絶叫する。エビで…前を…隠…せ……。

 ……ま…たび…くっとして、目が覚めた。恥ずかしさがまたわきあがり、慣れるものではないと知る。やはり反射的に隣の彼女の反応を気にしてしまったが、彼女はノートに目を落としていて、僕のことは気になってないようだった。見られていたら、恥の上塗りだった。
 目だけで教室中を見回す。テストはもう終わっているようで、再び授業が進んでいた。しかし僕の机には、テスト用紙が残っている。先生も僕が起きたことに気がついていないようで、黒板を埋めつくさんばかりの板書を続けていた。教室にはチョークとシャーペンのこすれる音と、あとは人の臭いしかなかった。
 僕はこの教室の中でただ一人、ただ僕だけが目を覚ましているような錯覚を覚えた。さっきまで寝ていた僕だけが、今起きているなんて。
 孤独感とか、虚しさとか、そういう言葉では説明できない。「浮いている」っていう感じが一番近い気がする。僕は隣の女の子や先生や友だちと、まるで一体感を感じられていない。
 僕がずっと寝てたからか? それともこれもまだ夢?
 きっとそうだ。目覚め方をまちがえたらしい。
 さっきまで見ていた夢を思い出す。ほとんど失われてしまったが、「怪人」から「逃げている」ことは思い出せた。つまりまだ逃げ切れていなかったのだ。今すぐにこの世界から脱出しよう。
 そのとき、教室のドアが開き、タバコをくわえた怪人が、ニタリと笑って現れた。
 お前が来るのは予想済みだ。もうつかまることはない。僕は飛べるのだ。いつまでもそんな余裕でいられるかな。
 ガタッとイスをひいて立ち上がる。それに驚いたクラスのみんなや先生が僕を見る。もちろん気にしてはいられない。たっ、たっ、たん、と机の間を縫い、窓枠に足をかける。振り返ると怪人は教壇の前にいた。急がないと。僕は窓枠からベランダに降り、手すりを両手で握る。僕の十センチ先からは、要するに空気の塊だ。片足を手すりにかけて、いつでも飛べる用意をする。
 背中から誰か女子の悲鳴がする。先生の怒鳴り声も聞こえる。駆け寄ってくる足音もある。
 地上四階の窓の外は脱出口なのだ。夢の世界の外なのだ。僕はもう片方の足も上げ、手すりに座るような形になり、それから体の重心を前にずらして飛び出した。
 なにも聞こえなくなった。空気が凶暴になったのだ。落ちる感覚? 僕は飛んでいるのでは?
 僕のこのアクション映画顔負けのスタントが夢オチだとは、少し残…念だ…けどな……。



 「彼とわたしの……」


 ……と…いう…夢を見た。わたしの隣で授業の初めから寝ている彼が主人公の。彼が夢から覚めて、また寝て、起きて夢を見てまた起きる話だ。最後がちょっと怖かった。普通にあれは飛び降りていた。それに一度彼とわたしでエッチをしている場面があったのがとても嫌だ。でも見たのはわたしだから、彼が悪いわけじゃない。
 期末テストが近いから、昨日は夜遅くまで勉強してしまった。そのせいだと思う。今日は朝からずっと頭がぼんやりしていた。それでも頑張って午前中は起きていたのだけど、お昼休みに、眠気がついにピークに達したようだ。多分授業の始まる十分前くらいに眠ってしまった。チャイムが鳴って、昼休みのざわめきが先生の闖入によってかき消された気配で、わたしの目は覚めた。
 世界史の先生は中世ヨーロッパの話を始めた。その先生のしぐさや話し振りが、わたしに既視感を覚えさせた。この記憶がわたしにはある。
 そうだ。夢の中で授業を受けたんだ。
 わたしが夢の中で隣の彼になっていたときに、授業はここをやっていたのだ。
 偶然の一致って、怖いけどおもしろいなと思う。と、なると、そろそろ彼が体をびくっとさせて目を覚ますはずだ。
 すると思ったとおり、彼の体が一瞬ふるえ、ぱっと目を開けたのだった。
 わたしはおかしいやら驚いたやらで、思わず「ぷぷっ」と吹きだしてしまった。
 きっとわたしは、いわゆる「予知夢」ってやつを見てしまったんじゃないだろうか。いや、授業内容を予測することは十分にできるから、当たったのは彼が起きるところだけだ。これだけじゃただの偶然と片づけてしまえる。
 でも、もし、次に起こることもまた当てることができたら?
 わたしはノートの一番最後のページに手紙を書いて、後ろの席のキミコにそっと渡した。
『この時間に起こることを予言してあげるね』
 キミコはすぐに返事を書いて、ノートを戻してくれた。
『当たったら、駅前のクレープ、おごってあげる』
 ブルーのペンで書かれたキミコの独特のまる文字が、わたしが書いた行の下に整列している。
 軽い興奮を覚えながらわたしは、『抜き打ちテストがある』、『非常ベルが誤作動を起こす』と書いた。
 ちらりと横目で隣の彼をのぞいてみたが、彼はまた眠りに落ちていた。
 先生に見つからないように、後ろ手にノートをキミコに手渡す。
 キミコは長い間ノートを読んでいるようだったが、やがて返事を書いた。
『ありきたりなんじゃないの?』と、書いてあったので、『でもこの時間に起きるって予言したのよ』と、返してやった。
『で、どっちが先に起こるの?』と、書かれてノートが戻ってきた。
 夢で見たのはどっちが先だったっけ。わたしは自分の夢を反芻する。
 確かこの次に彼が目を覚ますのは、非常ベルが鳴るからだ。彼が目覚めたときには肘の下に、テスト用紙がはさまっていたんじゃなかったっけ。
 わたしは急いで、そして自信を持って、ノートを書いてキミコに渡した。
『テストが先。ちなみに隣で寝てる真中君は、テスト中でも起きないで、非常ベルで目を覚ます』
 ちょっと書き過ぎたかなと、キミコに渡してから後悔したが、ちょうどよく先生が意地の悪い顔をして、テストの宣言をしてくれた。クラスの男子が先生にブーイングを発していたとき、『すごい! 次は非常ベルね』と、書かれたノートがキミコから戻ってきた。
 列ごとに前からプリントがまわってきたので、ノートのやりとりは中断したが、真中君の様子を確認するのは忘れなかった。真中君の前の席の前田さんが、真中君が寝ているのに気がついてテストを渡せないで困っていると、真中君の後ろの席の後藤君が席を立ち、前田さんからテスト用紙を受けとり、一枚を真中君の肘の下にすべりこませた。
 わたしは心の中で無邪気にガッツポーズをしてしまったが、本当に予知夢を見たのではという確信が、徐々に不安へと変わっていった。
 あの夢の最後はどうなった? 彼はベランダから飛び降りたのではなかったか?
 いくらなんでもそれまでは現実にならないだろうとたかをくくる。彼は自殺するような人じゃない。本当に飛び降りるはずがない。
 テストに集中できないまま、時間は流れる。そして実にあっさりと、非常ベルがクラス中に鳴り響き、わたしの予言は完成する。
「みんな、静かにしなさい。多分誤作動だろう。そのうち放送が入ると思う。それより、もう終わっただろうな」
 先生がそう言ううちに、彼が眠りから覚めて体を起こした。 
「まぁ約一名、終わってない奴がいるみたいだがな」
 イスに座るクラスメイトたちの頭の高さに、小さな笑いの渦ができる。これもすべて、さっき見た夢をなぞっているのではないか。
 まさか彼もわたしと同じ夢を見ているということはないだろうか。
 ここはわたしにとっては現実だが、彼にとってはここが夢?
 彼はわたしの夢の登場人物だが、わたしは彼の夢の登場人物?
 わたしの思考が、視線を感じて中断する。真中君がわたしを見ていた。
 真中君がなにを考えているかわからないが、わたしはわたし自身の不安を打ち消すかのように、ほほえんでみせた。しかし彼はすぐ寝に入ってしまい、わたしの笑みをどう受け取ったのかはわからない。
 確かこれが最後の居眠りだ。
 嫌な予感をふり払えないわたしに、キミコが手帳の一ページを切り離して渡してきた。
『メグミすごいよ! 全部当たったね。今度わたしのことを占ってよ』
 占い? 予言? あの夢はそういうものだったのだろうか。
 ただわたしは、「彼になって夢を見る」夢を見ただけなのに。
 適中しすぎて逆に気持ち悪い。あの夢でふざけるのはもうやめにしよう。わたしはキミコからの紙の裏にてきとうなことを書いて、やりとりを終わらせようとした。
 するとすぐに返事が戻ってきた。
『もう終わりにするのね。
 じゃあ、そうしてあげよう』
 紙片の下の方に何気なく書かれた一行が、わたしのこれまでの不安感を恐怖にまで引き上げた。
 自分のノートの一番最後のページを開く。わたしのシャーペンの字と、キミコのまる文字が交互に並ぶ。そのまる文字と、今さっき書かれたばかりのキミコの文字を見比べる。
 明らかに、違う。
 これは誰が書いたの?
 わたしの後ろに誰がいるの?
 後ろを振り返る勇気のないわたしは、その代わりに、この最後の言葉をどこかで聞いたような感じがしてくる。
 混乱してくるわたしの頭が、教室のドアの開く音と、隣の彼がおもむろに立ち上がる様子を認識した。わたしは思わず彼を見る。彼は教室のせまいスペースを走り抜け、窓からベランダに飛び出した。
 危ない。行っちゃだめ。
 わたしも彼のもとへ急ごうと立ち上がった。しかし、誰かが強い力でわたしの手首をつかみ、離しては、くれ…な…かった……。

後書き

 ……愛…する…S・Kに捧げます。って全然、最初の主旨と百八十度違う話になってしまいました。ギャグのはずがなぜホラーに? それも含めてこの場で言い訳させて下さい。
 じ、実は……。家の古い蔵の地下に、槍が刺さった金色の化け物がいたんだっ。だからどうしたって? 槍を抜いたに決まってるじゃないですか。それからはもう、大冒険活劇ですよ、そりゃあ。

この小説について

タイトル 夢オチの言い訳
初版 2006年5月25日
改訂 2006年5月25日
小説ID 737
閲覧数 1210
合計★ 15
蓮打の写真
ぬし
作家名 ★蓮打
作家ID 9
投稿数 14
★の数 208
活動度 8795

コメント (3)

★シェリングフォード 2006年5月25日 22時23分37秒
 ホラーサスペンスチックなところが実に素敵です。いい仕事してます。蓮打さんのミステリーの腕は相変わらず僕をう〜んとうならせます。
 この調子で是非本当のワケシリーズの続きを!(ぇ
★くるぶし! 2006年5月26日 23時11分33秒
すごい!彼とわたしの夢が交差してるとみせかけて、実は一方的な……
素晴らしい完成度ですね。夢の先にはなにがある!?
と思うとすっごいぞくっとしました。すっごいわ。こういうものを自分も書きたい。

そしてえびは……?
★Coa 2008年7月19日 11時15分23秒
凄く面白かったです^^
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