あたしの彼と蛍光灯

「ごめんごめん、遅くなって」
 BGMにジャズが流れている喫茶店。コーヒーを飲んでいると、仕事先の同期の旭里奈が息を切らせながら騒がしく飛び込むように入ってきた。
「いやぁ、いきなり飛び込みで注文が入ってきちゃってね。まいったまいった」
 コートを脱ぎ、イスの背もたれにかけ、里奈はあたしの向かいに座った。

 今は昼休みなのだが、社のビルには食堂も喫茶店もないため、女子社員は事務服の上のコートを羽織ってお茶をするわけなのだが。

「で、智也とはその後どうなの?」
 智也というのはあたしの恋人、三井智也のことだ。
 智也は里奈の大学時代の友人で、あたしは彼女の紹介で智也と付き合うようになった。どっか回路がズレてるあたりお似合いよ、という嫌な紹介のされ方だが、たちまち意気投合し付き合うようになった。それでも心配なのか、里奈はこうして様子見のために時々あたしに報告を求めてくる。
 普段なら楽しくノロケてしまうところだが、今回ばかりは違った。
「こないだクリスマス一緒に過ごした」
「おお、うらやましいことで。じゃあ彼の家いったんだ」
「知ってた?彼の部屋、蛍光灯切れかけてるんだよ」
「あたしが知るわけないでしょ。どうせすぐ電気消すんだから、なんの問題もないじゃん。あ、アメリカンで」
 水をトレイに載せてやってきたウェイターに、里奈は人さし指を一本たてて注文した。 
 その言葉の意味するところは敢えて聞かない。
「で?」
「蛍光灯買わないの?って聞いたら、もうすぐこのアパート引き払うかも知れないから、引っ越すとき買うって」
「かも知れないって、いつの話だよ」
「でしょ?だからあたしも言ったよ。蛍光灯くらい買えよって」
「藤田みずほちゃんツッコミモードね」
 みずほというのは言うまでもなく、あたしの本名である。
「だからメガネ見つからないんだよって」
「え?ヤツ今メガネかけてないの?」
「うん」と頷く。
 そう、智也はかなりの近眼で、メガネがないと歩くにもふらついていて、前に歩けないほどなのだ。
 里奈もそれを知っているから、
「わぁ、そりゃ大変だわぁ」
 とため息をついた。
 ちょうどウェイターがやってきて、里奈の前にコーヒーと置く。低い声で、「お待たせいたしました。アメリカンでございます」と。
「でもね、いいこともあったの」と、あたしは続けた。
「どんな?」
「みずほのこと、可愛く見えるって言ってくれたんだよ。メガネがないおかげで」
「ぶっとばせよ。そんな男」
「だからあたしも『へえ、じゃあメガネ見つからないといいね』って言ってやったの。そしたらね、『言ったなぁ、こいつぅ』って」
ノロケなのかボケているのか、よく解っていない。
「はぁ、左様でございますか」
 里奈がかなり呆れた顔でこっちを見ていた。
「じゃあイブの夜はメガネ探し?」
「ううん」
「あら」
「ケーキ食べた」
「あ、そう」
「そしたら警察が来た」
「何それ」
 里奈は驚いた顔をしてこっちを見た。

 点滅と点灯を不自然に繰り返す蛍光灯の明かりを消して、懐中電灯の明かりだけを頼りに、コタツで向かい合ってケーキを食べていると、西板橋署の者と名乗る警官がやってきたのである。

「なにしにきたの?」里奈は眉をしかめた。
「近所の人の通報で、誰かが監禁されてるらしいって。ズカズカズカって入ってきたよ」
「あちゃ。最中じゃなくてよかったねえ」
「ほんとにねえ」
「でもだれが通報したの?やっかみ?」
「それがね」

 隣の部屋で聞き耳をたてるか、部屋を覗くのでもなければ監禁しているかなんて判るはずない。じゃあ通報者は覗いていたのかといえば、覗き魔が通報するなんて覗いてますよと言ってるような犯してまで通報するとは思えない。
 じゃあ通報者はどうやって警察を納得させたんだろう。あたしも智也もこれにはなるほどって思った。

「え?なに?」里奈が目を確かめるように聞き返してきた。
「だからモールス信号。蛍光灯の点滅と点灯の繰り返しがモールス信号のSOSに見えたんだって」
「すごいな。それ」
「すごい蛍光灯だよね。ほんと」
「いや、読めるほうがさ」
「あーそれはたしかにすごいわ」

 結局押し入れ探したって、冷蔵庫探したって何か出てくるわけはなく、警察は切れかけの蛍光灯のせいだってことで帰った。
 そんな状況でその先のイチャイチャ行為をする気分にもなれず。気まずいまま寝てしまったわけで。

「で、メガネは見つからなかったの?」
「あーそういえばあれから三日経つけど」
 そんなとき、グッドタイミングであたしの携帯がブルブル震えだした。
 智也の名前が表示されている。
「三井から?」
「うん」
 あたしは答えながら、携帯の通話ボタンを押した。
「もしもーし」
 あたしは先日のこともあって、わざと不機嫌そうに返事した。
『みずほか?』
「うん」
『頼みたいことがあるんだ』
「なに?」
『明日は土曜日で休みだろ?手伝ってほしいことがあるんだ』
「なによ」
『お前にしか頼めないんだ。頼むよ』
「そんなこといっても、あたしまだこないだのこと許してないからね」
 いいつつも、あたしの顔は相当だらしなくなっていたのか、里奈があきれ顔でこっちを見ていた。
 あたしは智也の、お前にしか、という言葉に弱い。



 あたしな仕事を終えた後、智也のアパートに向かった。
 智也のアパートは築25年、ややすすけており、智也の住む三階の部屋も台所の天井が雨漏りするなど、ところどころガタがきているという。別のところに住んでいる大家さんは建て直しを考えているそうだが、今後どうするかは決めかねているそうだ。引っ越すかもしれないというのはそれが理由なわけだ。
 満室ではないが、明かりが点いている窓はある。が、・・・・・・。
 ・・・・・・智也の部屋だけは点いていない。
 いないか、蛍光灯を代えてないか、そのどっちかだ。
 あたしは先日のムカつきを思い出しながら智也の部屋に上がった。
 ピンポーンとチャイムを鳴らすと、智也が出てきた。
「おお、よく来てくれた。さぁ、上がってくれ」
 智也の部屋は1K、キッチンと6畳一間。蛍光灯がない今、台所の明かりだけが部屋に灯っている。
「メガネ、まだ見つからないの?」
「ああ。朝は早いからそんな時間ないし、帰ってくるころは暗くなってるから」
「だから買いなさいって言ってるじゃん、蛍光灯」
 あたしはコートを脱ぎながらいった。
「今は24時間開いてるスーパーとかあって売ってるところは売ってるでしょ。昼休み電気屋さんいってもいいし」
「いやあ、買ったんだよ」
 智也はあたしにハンガーを手渡しながら答えた。
「は?」

「いや、だからドーナッツをさ」

「誰が脈絡もなくドーナッツ買った話しとるかぁ!」
 バキっ!
 あたしは思わず智也の顔に拳をめりこませた。
 だからも何も、ドーナッツ買ったことなんか聞いてないし、ここでは関係ないだろうが、と。
「あのう…みずほちゃん、話は最後まで言わせてください」

 以下は、我が呆れた彼氏、三井智也の言い分である。
 実は昨日ドーナッツを二つ買ったのだそうだ。
 しかし帰るとどこに置いたのか見つからない。智也の部屋はよく怪我しないなというほど散らかっているわけではないのだが、決してキレイではなく、何がなくなってもおかしくない有様ではある。しかも明かりがつかないのでは、探すのだって大騒ぎだ。
 その状態で買ったばかりのドーナッツがなくなった。
 これはまずいと思って蛍光灯を買ってきた。

「ちょっと待って。蛍光灯買った理由はドーナッツ探しのため?」
「ほかに何がある」
「メガネ探すとか」
「・・・・・・ああ」
 メガネの存在を思い出したかのように、智也はポンとグーの手を叩いた。あたしはため息をついた。こいつはメガネがないから頭もぼけているのか、もともとの素質なのか。
「で、あたしは何をすればいいの?ドーナッツ探し?夏まで待てばアリかゴキブリが見つけてくれるんじゃない?」
「何を馬鹿なこといってるんだ。そんなの決まってるだろ」
「わかんないわよ。あんたの考えていることなんか」
「お前、俺と何年付き合ってるんだよ」
「まだ里奈に紹介された時から、まだ半年も経っていませんが」
「そんなの決まってるだろ。俺はドーナッツ探すから、お前は蛍光灯探してくれ」
「手分けするのはそっちか」
 あたしはため息をついた。
「普通は、お前はそっち、俺はこっち探すってんじゃないの?」
「いちいち細かいこと気にすんなよ」

 というわけで、
 あたしたちは手分けして探した。一回探したところも何度も探したし、蛍光灯まさか冷蔵庫に入れてないだろって思いながら、冷蔵庫も冷凍庫も探した。押し入れも探した。監禁されている幻の子ももちろん見つからない。

 何時間もして、
「これだけ探したのに見つからないなんて、てか、こんな暗い状態じゃ無理だよ。明日明るくなったらまた探そうよ。手伝うからさ」
 あたしはあきらめたように言った。
 しかし智也はあきらめきれないらしい。もちろん彼の場合はドーナッツのほうなんだろうが。「お茶にしよう」というまで、手を休めることがなかった。

 一休みし、コタツに入ってお茶を飲みながらいった。
「あのドーナッツは特別なんだ」と、智也は呟くように言った。
「期間限定品?」
「そんなんじゃないよ」
「だったら何よ」
 と、一口すすり茶わんをコタツに置いたとき、智也があたしの手を握った。
「この前あんなことになっちゃって。お前と仲直りしたかったんだよ」
「仲直りのしるしのドーナッツってこと?」
「ああ」
 智也の眼差しをみて真剣に言っているのがわかり、あたしは嬉しくなった。たしかに仲直りにドーナッツかよって思う人いるかもしれないけど、あたしは智也の気持ちが嬉しかった。自然に身体が動き、気が付くとあたしは智也の唇に自分の唇を合わせていた。
「ありがとう。なんか嬉しい」
「続き・・・・・・しようか?」
 智也はあたしの目をじっと見ながら聞いてきた。
「どっち?ドーナッツ探し?それともイブの続き?」
「わかってるくせに」
 智也は白いセータの上からあたしの肩を抱き、ゆっくりと仰向けに横たえた。
「ドーナッツ探しだよ」
「どこ探すつもりよ」
 とあたしは笑う。
 覆いかぶさるようにして、智也の顔がゆっくりと近付いたとき。

「あ」と、あたしは声を上げた。
「どうした?」智也が首を傾げる。
 さらに横を向いて、テレビの置き台の下にあるのを見付け、また、
「あ」
 と、また声を上げた。
「なんなんだよ。さっきから」
「ちょっとどいて」
 あたしは起き上がると、テレビの台の下から蛍光灯の袋をひっぱりだした。
「これ?」
 中の箱から新品の蛍光灯を取出し、智也に見せた。
「あったぁ」と智也も嬉しそうに声をあげた。
「やったねー。じゃああとはドーナッツだ」
「それなんだけど、もう見つかった」
 あたしは顔で笑って目が笑っていない表情でコタツの上にあがり、天井に手をのばした。
「あったあ。あはっ」
 天井を指さして、智也はどうしたもんかごまかし笑いを浮かべながらいった。
 あたしはセータの袖をまくりながら、再度拳に力をこめた。
「あはっじゃねえ〜だろ。ドーナッツ電灯にはめてどーすんだぁ!このボケぇ!」
「モールスさまぁ。助けてぇ!」



 その数分後、悲鳴を聞きつけて、再度西板橋署の警官がやってきた。
「またあんたらかーい!」と言われたが、智也の顔が変わっているのを見て、「あれ、こないだのカレシと違う人ですか?」
「いえ、同じ人ですけど、これから押し入れか冷蔵庫にでも入れようと思ったところです」
「痴話喧嘩もご近所迷惑にならないようにね」
 警官、笑って帰る。

んで、そのあとメガネも見つかった。

あたしたちはとりあえずよい年を迎えられた。。
たぶん・・・・・。。。


あけましておめでとうございます。

後書き

こんばんは。すごくお久しぶりです。
やはりたまに書かないとただでさえ表現力の乏しいのに、どんどん文章力が落ちているような、そんな気がします。今一納得していいものか解らないまま投稿しちゃいますが、お優しいコメントをお待ちしております。
登場人物は皆さん、銀行にちなんだ名前なんですが、いつも男を主人公にするか、女を主人公にするか迷います。女を主人公にしたほうが面白いかも、と思って書きましたが、面白いとは勝手に作者が思ってること。独りよがりになっていないことを祈るばかりです。
これ、ちょっと公序良俗に反するのではって思える表現等ありましたら、削除依頼しちゃってください。

この小説について

タイトル あたしの彼と蛍光灯
初版 2009年1月6日
改訂 2009年1月27日
小説ID 2940
閲覧数 2078
合計★ 10
水原ぶよよの写真
作家名 ★水原ぶよよ
作家ID 163
投稿数 29
★の数 67
活動度 11574

コメント (3)

★鷹崎篤実 2009年1月6日 20時46分38秒
どーも鷹崎です。
ラブラブですねー。
自分はこういうのは好きですが、むずかゆくなるので、コメントしづらいのです。
なら、書くなよってな話ですが、とりあえず、バカップルって嫌ですよねーみたいな感じで平にご容赦を。
うわ、冷やかしみたいになっちゃった。
見え見えの落ちでしたので、もっとバカップルっぽく、二人で一緒にドーナッツをパクッとかやったら、恥ずかし死に出来たかもしれませんね。
自分で言ってて自己嫌悪した鷹崎なのであった。
★青嵐 2009年1月26日 17時29分46秒
こんにちは
今更ながらコメント失礼致しますm(__)m

ラブラブですねー。←
こういうの読むとすっごい彼氏欲しくなるんですがw笑
勿論、智也くんみたいな人がいいですw笑
なんかうらやましいです。。

ぶよよさんは私の笑いのツボを逃さず全てぐりぐり押して下さったようで……。
一人、響く廊下のパソコンの前で大爆笑です。
ほんと、押さえるとこ押さえててさすがですw
★水原ぶよよ コメントのみ 2009年1月27日 1時41分18秒
鷹崎様、コメントありがとうございます。ほんとに見え見えのオチだろうな、と思ったのですが、それだけにどうやったら面白くできるか考えました。二人でそのドーナッツぱくりですかw うーん、思いつきませんでした。ドーナッツはめこんでたってオチも人に言われたネタではありますがww

青嵐様もありがとうございます。
鷹崎様のコメントにもありましたが、うーん、バカップルメインで書いたつもりじゃなかったので、実はラブラブなのか書いた作者には解っていなかったりします。でも言われてみればちょっとうらやましいかも。本作は以前投稿した「そいつを先に言ってくれ」に次いでお気に入りなんですが、今回の二人は自分の分身みたいなもので、自分だったらこうする、とかいろいろ想像しながら書きました。何しろこれをふだんは一人でやってるので・・・・・・って私は危ない人っかーい。

☆五つももらえたのは今回が初めてだったのでちょっと(いや、かなり)嬉しいです。
また思いついたらカキコします。今後とも宜しくお願いします。
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