Dメール - No.11 to:恋歌の歌姫(1)

 暗いステージに、様々な色の華やかなスポットライトが光る。その中心に立つ女性は、細く長身の身体に白いシャツと黒いベストを着て、ワインレッドのスキニーパンツという出で立ちで目の前にあるマイクを両手で握りしめ、目を瞑っていた。
 女性の後ろのバックダンサー達が華麗に踊り、前奏のベースとドラムの音が静かに響き始めると、女性は閉じていた目を一瞬にして開き、潤んだ唇を開いて歌い始めた。

 近付きたくても 身体が邪魔する
 私には貴方しか居ないのに
 眼で追ってみるよ
 手を伸ばしてみるよ
 それでも届かない思いは 何処へ行けばいい?
 会いたいよ 今すぐに  
 見つめたいよ その瞳
 depth of the heart こんなにも
 depth of the heart 募る想い
 今だけは黙っていたくないの
 だから伝えてもいいでしょ?
 この気持ちが消える前に 一度だけでいいから――

 女性が歌い終えて、ウェーブのかかった亜麻色の長髪を揺らしながらにっこりと笑ってお辞儀すると、ステージを見つめていた全ての観客が沸き立って拍手喝采した。
 途端に視点が切り替わり、司会者とおぼしき男性が興奮した様子で言った。
「いやー、感動しましたね。流石は『恋歌(れんか)の歌姫』、Iris(アイリス)さんです」
 隣に居たアナウンサーの女性が締めくくる。
「只今お送りいたしましたのは、Iris(アイリス)さんの新曲、『depth of the heart』でした。では続いて……」
 アナウンサーが言葉を続けようとする前に、テレビ画面を見つめていた夜一はリモコンでテレビの電源を消した。西園寺さんが夜一にミルクティーを出してくれる。
 夜一は今、渚の豪邸に来ていた。いつも通りに学校が終わった後、渚からメールが届いていたのだ。
『お前に直々の依頼が来た。私の家に来る事になっているから、お前が話を聞け』と。
 確かに、夜一の家に来られると近所の人たちから怪しまれるし、渚の家に来てもらうのは別にいいのだが、夜一は自分が探偵として有名になる事など望んではいない。寧ろ、慎ましく平凡に生きていたいのだ。しかし、渚は自分が表立って探偵をやる事を何故か頑なに嫌うし、夜一には周りへの体面もあるので現状は夜一が優秀な探偵を演じていなければならないのだ。
 夜一はミルクティーを啜りながら言った。
「『恋歌の歌姫』、Iris(アイリス)ね……」
「今、人気上昇中の注目の歌手ですし。とても響きのいい魅力的な声が特徴的ですよ」
「そんなに人気あるんですか、この人?」
 西園寺さんの言葉に夜一が知らなかったと言う風に聞き返すと、窓際の自分の机に座って、ノートパソコンのキーボードを操作していた渚と、渚の傍で彼女にミルクティーを淹れていた西園寺さんの手が同時に止まった。
 渚が、軽蔑したように目を細めて夜一を見る。
「お前、今のご時世にIris(アイリス)を知らないとは……時代遅れもいいところだぞ」
「なっ……そ、そーいうお前はどうなんだよ?」
「ふん。雪代はIris(アイリス)の所属する事務所にも援助をしているからな。だからと言うわけではないが、芸能人や歌手の事には詳しいつもりだ。Iris(アイリス)のCDは全て持っているし、ライブのDVDもある」
 渚はそう言って、机から沢山のCDやDVDを出して夜一に見せた。
 夜一は渋い顔をしながらそれらを見つめる。CDのジャケットに写っているIris(アイリス)は夜一よりも少し年上に見えるが、少し幼さが残るような横顔が美しかった。
「悪かったな、世間知らずで。どうせ俺は、何にも知らない高校生ですよ」
「そんな事無いわ。思ったよりも頼りになりそうな感じだもの」
「!?」
 部屋の中央にあるソファーにどっかりと座り込んでいた夜一は慌てて飛びのいた。いきなり、見ず知らずの他人が話に入ってきたからだ。渚はいつの間にか西園寺さんの横に立っていて、我関せずというように携帯を見つめていた。



 夜一が茫然としていると、夜一の携帯に渚からメールが届いた。
『彼女がメールで依頼された依頼人、Iris(アイリス)だ。失礼の無い様に話を聞け』
 そのメールを見て正直困惑しながらも、夜一は目の前にいる亜麻色の髪の女性に声をかけた。
「あ、貴方がメールで依頼されたIris(アイリス)さんですよね。ひ、評判はかねがね……あ、どうぞ、座って下さい」
 まさか本人を目の前にして、たった今まで知りませんでした、などと言える訳が無く、夜一は愛想笑いを浮かべて言う。すると、亜麻色の髪の女性はソファーに座り、にっこりと夜一に笑い返して言った。
「そんなに畏まらないで。あやめって呼んでくれると嬉しいな」
「あやめ……さん?」
「本名なの。私、本名は長井あやめっていうの。Iris(アイリス)は、あやめの英語名から付けた芸名だから」
 あやめさんはそう言って、夜一に微笑む。その声は、西園寺さんが言っていた様に澄んでいて、魅力的な声だった。夜一はとりあえず、あやめさんに聞いた。
「えっと……ご依頼の内容って言うのは……?」
「私……誰かにストーカーされているみたいなの。こんな手紙から始まって、キツめのファンも居たりするから、最初は無視していたんだけど……」
 あやめさんは、夜一にいくつかの手紙を見せた。手紙は古臭い新聞の切り貼りで『君だけを愛している』だとか、『君が僕だけのものになってくれたなら』などと書かれている。そして封筒には赤いペンキのようなもので塗りつぶされたアヤメの花が糊で貼り付けてあった。
 気味が悪いとしか言いようの無い手紙に夜一が思わず顔を顰めると、あやめさんは苦笑して言った。
「ちょっと熱烈な贈り物は良くあるの。でも……でも最近は、行動がエスカレートしてきて……」
「と言うと?」
「帰りにいつも誰かに付きまとわれている気がするんです。それに、毎晩家に帰ると、これが自宅のポストの中に……」
 あやめさんが差し出した携帯画面を見て夜一は目を見開いた。そこには、手紙に添えられていたものと同じ、赤く色を塗られたアヤメが一輪、写っていたのだ。
 目を伏せて、怯えたような表情をするあやめさんに携帯を返して、夜一はこっそりと渚の方を振り向いた。渚は自分の携帯を指差した。携帯を見ろということらしく、夜一が自らの携帯を見ると、メールが届いていた。
『そのストーカーに心当たりは無いか聞け』
「その、ストーカーされるような心当たりとかありませんか? 交友関係とか、恋愛関係とか……」
「……いいえ。友達は、そんなに恨みをかったりはしていないと思います。恋愛……それも特に、ありません」
 恋愛と言った時、あやめさんの口元が少し固く結ばれたのを夜一は見逃さなかった。
 再び渚からメールが届いたので、内容を見ると夜一は眉をひそめた。
『長井あやめはスポンサーである雪代が探偵を雇っている事を知った上で依頼している。その芝居に乗ったほうがいい。雇い主である雪代からの意見を聞いて対策を考えます、と言え』
 一瞬、意味が分からなかったが、夜一はすぐに思い出した。夜一はあくまで、『雪代』、つまりは渚が建前上事件を捜査させる為に推薦した探偵。仮にも芸能人の調査なのだから、あやめさんの事務所のスポンサーでもある『雪代』の名を出しておいた方が信用されやすいのだ。あやめさんはそれを知っているのだから、話を合わせたほうが都合がいいと渚は考えたのだろう。
 夜一はすぐに真剣な顔をしてあやめさんに言った。
「事情は分かりました。俺の雇い主の『雪代』、知っていますよね? ……『雪代』の方に相談してから、対策を考えたいと思います」
「そうですか……じゃあ、これを」
 あやめさんは青いブランド物のハンドバッグから、チケット数枚を取り出して夜一に手渡した。
「今度、葦香ホールでライブをするんです。と言っても、私以外にも沢山の歌手の皆さんが参加される大規模なものなので……出来れば、直接来て頂いて見張ってもらえると、ありがたいんですけど」
「はあ……分かりました。あ、あと、連絡先をお願いします」
 あやめさんの連絡先を聞き、もう一度、夜一の方から連絡するという事で話を一段落させ、あやめさんは渚の家から帰って行った。
 一気に身体の力が抜けてソファーに崩れ落ちた夜一の顔を、渚が覗き込んだ。夜一は渚に聞いた。
「……んで? どうするんだよ、俺等」
「決まっているだろう。無論、依頼は引き受ける。雪代は彼女の会社の株主でもあるし、私からも会社に言っておく。お前が行っても何も怪しまれはしない」
「はいはい。もう、お決まりなわけだ」
「ところで、夜一」
「何だよ?」
 渚は、夜一が聞き返すと先ほど机から出したCDやDVDを全部、夜一に押し付けて言った。
「Iris(アイリス)の事は脳髄にまで叩き込んでおけ。雪代の知り合いとしても、探偵としても、彼女の事を知らないのは恥だぞ」
「ゲッ……」
 それから夜まで自宅でCDを聴いたりDVDを鑑賞したりして、夜一が人一倍Iris(アイリス)について詳しくなったのは言うまでも無い。



 それから一週間後の土曜、夜一と渚は都内の葦香ホールで行われるライブ会場にある、控え室前の廊下に居た。あやめさんが所属する事務所、『オーニン』の社長である新見央人(にいみ ひろと)さんはあやめさんから事情を聴いており、彼女を警護する為という事で、特別に夜一と渚をここに入れてくれたのだ。
 勿論、夜一達は傍目から見ればただの高校生。『オーニン』に口添えした渚、もとい『雪代』の名前一つが、夜一と渚の信用を保証しているのだ。夜一は恐縮して差し出されたコーヒーを飲んでいたが、渚は周りの視線を気にすることなく夜一に小声で言った。
「もっと強気で居ろ。でないと余計に怪しまれるぞ」
「お前なぁ……」
 夜一が渚に言い返そうとすると、あやめさんの控え室から怒鳴り声が聞こえてきた。
「いい加減にして下さい、白石(しろいし)さん! いくら共演者とはいえ、彼女にそんなにしつこく迫る事は無いでしょう!?」
「嫌だなあ、相馬(そうま)くん。迫っただなんて。ただ、今度食事でもどうかって聞いただけなのにさ。……それじゃあ、僕はこれで失礼するよ」
 夜一と渚があやめさんの控え室に入るときに、丁度出てきた白石さんとすれ違った。派手な衣装に身を包んだ白石さんは一瞬歪んだ憎々しげな表情で控え室の中にいるあやめさん達を睨んだ後、すたすたと歩きさって行った。
 その表情を、夜一は不吉に思った。何かあやめさんに対する愛憎のようなものが感じられたからだ。
 沈んだ顔で、白石さんに掴まれたと思われる、爪の後が残った左手首を擦ったあやめさんを、白石さんに怒鳴っていた相馬さんが元気付ける。
「気にするな。あいつは、人気の上がってきた君に近付く事で、他人の関心を自分の方に惹きつけたいだけさ」
「え、ええ、そうね……」
「……くれぐれも気をつけてくれ。それじゃあ」
 相馬さんはそう一言言うと、すぐにあやめさんの控え室から出て行った。あやめさんが、少し寂しげな表情でその背を見つめる。夜一はあやめさんに声をかけた。
「どうかしたんですか?」
「ああ、春日くん……別に、大したことじゃないの。今の、見てたでしょ?」
「さっきの、白石さんって、陽廻(ひまわり)の……」
 あやめさんは弱々しく微笑んだ。陽廻(ひまわり)とは、Iris(アイリス)と並ぶ人気歌手グループ。そしてそのボーカルである白石真(しろいし まこと)は歌唱力もさながら、その整った顔や爽やかなイメージなどが多くの女性ファンから支持されている。だからなのかもしれないが、様々な女性との関係が絶えずマスコミを騒がせているとも聞くミュージシャンだ。
 白石さんも怪しく思えたが、夜一は先ほどの相馬さんの事も気になったので聞いてみた。
「あやめさん。さっきの相馬さんって……?」
「相馬秋斗(そうま あきと)くん。私のマネージャーなの。ちょっと生真面目すぎる所もあるんだけど……本当は優しくていい人なのよ。今も、私が白石さんに言い寄られていたら、すぐに駆け寄ってきて、私の味方になってくれて」
 あやめさんは夜一に笑いかける。すると、控え室のドアがノックされた。
「Iris(アイリス)さん、メイクのお時間です」
「はい、どうぞ」
 あやめさんがそう言うと、メイク担当の女性がピンクのカーネーションの花束を持って入ってきた。花束を見て、あやめさんが驚いたように言う。
「凄く大きな花束ね。誰から?」
「分かりません。ただ、そこの廊下においてあったもので……きゃあっ!」
「どうしたの!?」
 メイク担当の女性は、小さな悲鳴と共にカーネーションの花束をその場に落とした。花束の中央には、赤い文字で、『君は僕だけのものだ。誰にも渡さない。誰にも……』と書かれたポストカードと、またしても赤く塗りつぶされたアヤメの花が添えられていた。


後書き

こんばんはです。
今更ですが、この作品の中で使われている主要人物の名前の殆どは、歴史用語から取られています。(戦国武将の名前とか、その他モロモロ)
事件に出てくる人物達は、地域の名前などから。
今回で言うと、あやめさんの苗字「長井」はあやめ公園という、とてもあやめが綺麗な場所がある山形県の長井市から取らせて頂いてます。あやめ祭りとかも有名なんですよー。
「白石」は宮城県、「相馬」は福島県の地名です。やあ、地名万歳ですね(笑)

と、お喋りはここまでで。まあ、まだ導入部分ですので分かりにくい部分等あると思いますが……どうかご勘弁を。
これからも規則正しく……とは行かないでしょうがそれでもきっちりと書いて行きたいと思います。
いつもより長ったらしい後書きでした。

>丘さん
どうもです。お返事が遅れてしまい、申し訳ない次第です。十一月に大学での推薦の試験がありますゆえ、ここのところ目が回るような忙しさでして;;

展開的には、過去というよりも現代ですね。過去がらみも考えましたが、私が考えると複雑怪奇になるので(−−;;)
あやめとアヤメは考えましたね。花は好きでしたが、歌手名らしい花→英名、いや日本語名で……? とか色々。
続きを楽しみにしていただいて感謝感激です。
今週の土日には何とか、書きたい……いや、書きます、這ってでも(←
また読んで下されば幸いです。

この小説について

タイトル No.11 to:恋歌の歌姫(1)
初版 2009年9月8日
改訂 2009年9月23日
小説ID 3481
閲覧数 43936
合計★ 3
ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
投稿数 91
★の数 226
活動度 10590

コメント (8)

★ 2009年9月12日 18時38分33秒
どうもー。丘ですー。
では、感想を。
いやー。これからどんな展開になってくるのでしょう。
その誰かはどんな目的でストーキングをしているのか、もしかしたらあやめさんの過去に関係しているのでは?
めっちゃ続きが気になります。
最後の方にあった、カーネーションの花束。あやめの名とアヤメの花をかけているのがすごい! と思いました。
では。
Akadadzuu コメントのみ 2013年10月9日 5時06分09秒
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Ashimohac コメントのみ 2013年11月12日 4時45分48秒
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nayoeboa コメントのみ 2017年12月13日 9時26分26秒
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dadzutabub コメントのみ 2017年12月13日 15時03分02秒
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