抜けない包丁




私たち、友達だよね、親友だよねと不安そうな顔で友達が言った。
そうだよ、と私は素っ気無く返した。
ちょうど去年。夏服になった制服がすこし寒く感じながら、屋上で交わした会話を、私はふと思い出していた。

呼び出されてやってきた屋上。 うしろで扉の開く音がして、振り返るときらりと太陽がなにかを反射して、私の目を眩ませた。
それと同時にどんとぶつかってくる。ぶつかってきたのは、私をここへ呼び出した友達だった。
ぐんわり。脳が揺れた。

私の居る場所から一歩下がり、荒い息を繰り返す彼女がそこにいる。
しっかりと左胸に刺さった包丁。傷口が痛みと熱さでおかしく感じる。
痛いのに、叫んで転げまわって、それを表現したいのに、ふらふら足はおぼつかず、ついに立てなくなって体は後ろへと倒れる。
どん、と背中を打ちつけ体が揺さぶられ、傷口がもっと痛んだ。

「ああぁ、あ、あぁ、あ」

息がちゃんと吸って吐けない。言葉が言葉にならない。
ぐるぐると意識をめぐらせる。
痛い、どうして、なんで、どうして、どうして?
私の困惑を読み取ったのか彼女はその荒い息のまま口を開いた。

「……だって、秋穂ちゃんが、そう、言った、…から。」

まるで、私だって辛いのよと言っているような顔をしている。
胸に刺さった包丁を抜こうと手を持っていくが、ぶるぶると小刻みに震えてうまく持てない。それでも、と掴む。手の震えが傷口に伝わって、痛みが増す。 抜けない。とても自分では抜けない。
助けて、と彼女を見る。刺した張本人におかしい行為だとあとで思ったけれど彼女はスッとかがんで包丁を掴み、私の顔を覗き込んだ。
学校の屋上、昼休み、青空。 いつもなら良い天気の日にこの場所は眠気をさそう。しかし私は痛みと混乱で何もかもが吹っ飛んでしまって、それがどれほど素晴らしいものかも思い出せない。
抜けば苦しみがなくなるわけなんてないけれど、この違和感を、どうにかしたくて彼女をぼやけた目で必死に見つめた。

「ねえ…死ぬって……どんな、感じ? 痛い? 辛い? 走馬灯は見えるのかな。 ずっと秋穂ちゃん言ってたよね。死にたいって。人生に疲れたって。何度も何度も。ずっと、ずーっと、私の時間を削るように、毎日毎日、夜中も、早朝も、電話してきて。挙句の果てにはメールまで送って、返事がくるまで送って。 3日前のブログに、誰か殺してって書いてたよね。 親友だから、どうにしかしてあげなくちゃって私ずっと悩んでたの。ずっとよ。ねえ痛い? 息もできない? 口もぱくぱくさせてるけど、それって何か言いたいの?空気がほしいの? 酸素が足りない?うまく呼吸ができない? そんなはずないよね。だって死にたいのにそうやって生きることを求めるはずないよね。 ごめんね、私、ちゃんと一思いにやってやろうって思ってたけれど、やっぱり、一突きで、一瞬で殺すなんてできないや。ごめんね。痛い思いさせて…でも死ぬんだから我慢できるよね…ね?」
「あ、がっ…あ゙ーーーーーーッ!! ガハッ、ぐぁ、あ゙ぁ゙っ!!」

彼女の右手が左胸に刺さった包丁を深く深く刺し込んでくる。期待していた行為とは真逆だった。喉の奥が壊れてしまいそうな声がでる。あまりの痛みに意識は飛びかけ、視界はどんどんとぼやけ、彼女の声はとうの昔に聞き取れなくなっていた。けれど何かを言っているのは分かる。
口から血がでるなんて初めて経験した。見たわけではないが、口の中に広がる不快感でかろうじてそうだろうと思った。目の前がバチバチと火花みたいに明るく光ったり消えたりしている。
胸の傷は、熱さなんかどこかへいって、今まで感じたことのない痛みを体全部に伝えていた。
びくんびくんと痙攣している体がどこか自分の体じゃないような気もしてくる。痛くて気絶しそうなのに、その痛みがあまりにも強くて意識を手放しきれない。

(もうダメだ。なにがダメかは分からないけれど、もう、いしきも、なにも、かんがえられない。なんで、めのまえでしゃべっているこのこはなんで?なんでだろうどうして?わたしなにしてたんだっけ。なんでこんなにからだぜんぶがぶわーっとしてるんだろう。あついな。なんでだろう?なんで、)

「秋穂ちゃんは人を刺したことある? 案外柔らかいんだよ。 豆腐みたいに、くちゃってしててさ。 私、最初はもっと抵抗あるかなって思ったけど、うまく骨と骨の間にさせたみたい。 良かった、医学書とか、色んな本読んでて。ずっと秋穂ちゃんを観察して、なんどもイメージトレーニングしたかいがあったよ。 あとね、私のお願いなら何でも聞いてくれるって言った、相談にのってくれていた先生にもね、協力してもらってね。先生のときはうまくできなかったから、ちょっと不安だったけれど、秋穂ちゃんの場合は、一刺しでうまくいったから。あと少し深く刺せればよかったんだけどね。 ねえ秋穂ちゃん? 今幸せ?」

(ほほになにかあたった。つづけて、なんこか。めのまえぼんやりしてて、だれかのぞきこんでるけど、よくわかんない。なにもわかんない。なんでだろ…? ああでも、なぜか、だれかがわたしをよびとめているきがする。わからないけれど、てが、あったかい)

「やだ、いやだ………秋穂ちゃん、死んじゃ、やだよ…っ」





秋穂ちゃんはゆっくり目を閉じた。死んじゃったんだ。
なぜか思わず握り締めてしまった手は、体温を感じさせない。冷たいというより、何も、温度がない。
まるで、私の頬を伝う涙のように。

秋穂ちゃんはイジメの標的になってしまっただけのかわいそうな女の子。傍に誰かいないと不安だったのだろう。
こんな、クラスで陰キャラと呼ばれて仲間はずれにされている私を、秋穂ちゃんは友達だと言ってくれた。
私たちが高校2年生になってから、彼女が唐突に死にたいとか人生がしんどいと漏らすようになった。
私は弱かったから、たった一人の友達の秋穂ちゃんに依存していた。失いたくなかったから、彼女の言うことならなんでも聞いたし、彼女が欲しがっていたものはほとんどプレゼントした。
それぐらい、はたから見ればおかしいぐらい私は彼女にどっぷりと依存していた。
私に特別優しいわけでもなかったけれど、友達だよね、親友だよねと不安そうな顔で言われた日を私は忘れない。それが一生の言葉だと信じているから。
秋穂ちゃんが学校に来なければ私はメールを何十回と送ってしまう。電話も、何度もかけてしまう。心配でたまらないのだ。信じていると言うくせに信じ切れていない自分は最低だと思いながらも、何度も電話をかけつづけた日は一度だけではない。

「……あ、れ」

携帯を見る。『中村 秋穂』名前がたくさん履歴に残っている。『里中島 美春』へと何百通と送られたメール。そして何百回と発信した電話。
そうか、そうだったっけ。

「また…勘違いしちゃった……」

昔からよくある。自分のことだったのか違う誰かのことだったのか分からなくなるときがある。テレビの話も、まるで自分が体験したと勘違いしてしまうときもある。
だからか、友達は、できなかったのだ。
何十回、何百回とメールと電話をしたのは私だった。勝手に自分で自分を追い詰めてしまった。
けど、ブログは勘違いじゃなかった。死にたい、誰か殺してと書かれた記事を私はもう一度見に行く。そして安心した。
殺して良かったのだと。これは勘違いではない。

ぬるい血が私の手や、座り込んでしまった下半身に染み込んでくるのではないのかと思うほど広がっていく。
相談室で胸を押さえてぐったり座り込んでいた先生は、いまごろ救急車と警察を呼んだらしい。
うるさい音が私と親友との最後の時間を邪魔する。煩わしいような気もしたが、静かさに押しつぶされそうだった気もするので腹は立たなかった。
突き立ったままの包丁を呆然と見ながら、私は後悔の言葉を漏らした。

「…そっか…寝ているときに首を切ってあげれば、痛みも辛さも感じさせなかったんじゃない……。」

うしろで静かに扉が開く音がした。警察だろうか? 救急隊員だろうか? もしかしたら、何の関係もない生徒や先生だろうか。
振り返ると、沢山の警察と、救急隊員がこちらを見ていた。
けれど私は思わず零れた笑みを隠すことはできなかった。大事な大事な、たった一人の親友の願いを叶えてあげられたことが、とても誇らしく思えて。

「中村 秋穂! 里中島 美春を殺した容疑で連行する。大人しくしなさい!」

警察の人が私に向かって叫ぶ。
去年より少し早いセミが鳴き始めた。





後書き

スランプで何を書いたらいいか良く分からないと友達に相談したところ、「テーマを決めて書いてみたらどう?」とアドバイスをいただいたので「勘違いをする」というテーマのお話を3つほど一気に書いてみました。その中で一番気に入っているものを。
評価、批評、誹謗中傷…いやこれはだめか。とりあえずいつもどおり、厳しい言葉も優しい言葉も待っています。
よろしくお願いします。

うっ。ちょっと修正箇所発見。

この小説について

タイトル 抜けない包丁
初版 2010年7月13日
改訂 2010年7月13日
小説ID 3972
閲覧数 1589
合計★ 6
佐藤みつるの写真
ぬし
作家名 ★佐藤みつる
作家ID 510
投稿数 36
★の数 189
活動度 4935
だらだら社会人やってます。
本(漫画・小説)の量が半端なさすぎて本棚がぎちぎちになってます。

コメント (7)

★鷹崎篤実 コメントのみ 2010年7月13日 22時08分06秒
まだスランプから抜け出せてない感じがしますね
それとも僕自身、こういった話に惹かれるものを感じないだけかもしれませんが
なんにせよ、ヤンデレ少女の痛い話というか、自爆に終わっただけなのが残念です
もともと死ネタのため、読者へのミスリード自体、アプローチ手段が限定的になっており、プロットの段階において少し方向性を修正しておいたほうが良かったかもしれません
もちろん、尺を長くすればいいというわけではなく、かといって説明的にしろといっているわけでもないんですが
具体的なことを言えず、ただ作品の批判を繰り返しているようで申し訳ない
ただ、『彼女』の勘違いを読者にミスリードさせ、それがミスリードであることを示すまでの展開が、ミスリードさせようとする作者の思惑を隠し切れていないのて残念だったです
それと佐藤さんの文体はもう少しあっさり書かれていたと思うのですが、最近、微妙にテンポが遅くなっている印象を受けました
説明のための文にもう少し読者の入り込む余地を持たせるのもいいかもしれません
ちなみに作品自体に対する感想はあくまでミスリードのために書かれたんだなーと
別に心に残る作品が素晴らしいとか思っていませんが、今回のは作者の創作意欲と作品自体にズレを感じました
ズレについての説明は省きます
佐藤さんはそう思っていないかもしれませんし、僕だけが感じたものかもしれないので
摩擦が起きないよう当たり障りのないことを書いてしまう自分が情けないですが、次は佐藤さんの書きたい衝動を書いた作品を読みたいです
では、てんみこで
★佐藤みつる コメントのみ 2010年7月16日 1時41分57秒
>鷹崎さん
コメントそして批評ありがとうございます。
たしかに最近はばっと思いつきで書くことがなくなったかなと思います。
考えて書けば書くほど文は長くなり、テンポは遅くなったり。それがスランプと感じている要因の一つかもしれません。
ネタや書きたいものは浮かぶのに、以前のように一気に書き上げることができなくなりました。
ちまちま数行書いては添削を繰り返して…

説明が少し足りないですね! もう少し前半にゆとりをもたせてもよかったかも。
かなり読者がおいてけぼりになってしまう感じが。

衝動がうまれるまでまだ暫くかかりそうですが、よろしければまた次回も批評よろしくお願いします。
厳しくもっと言いたいことを言ってくださっても構いません!
悪意のある意見かそうでないかの区別はつくつもりですし、
もし誹謗中傷のコメントがついても頭悪い上にKYなので(笑)、普通に意見として受け止めると思います。

コメント返事、少し変ですね。また見直したときに書き直したらすみません(笑)
ありがとうございました。
★青嵐 2010年7月19日 21時31分37秒
最近PCを開いてなくて見に来るのが遅くなりました。
なんだか悔しいです←笑

一度読んでみて、二回目読んでみて「あ〜!」ってなるものなんでしょうが、
一人称で書いてる割に視点が代わるし、いや、それはいいんですが、視点が代わった上での勘違いがあるし……で、みつるさんせっかく描写がうまいのにちょっとややこしすぎてイメージで入ってくるっていうより、ほんとに「字を追っている」っていう感じになってしまっていて少しわかりにくかったかもです。
だからなんとなく話が頭に入ってきにくかったです。
ただ単に私の頭が悪いだけかもしれませんが、いや大方そうでしょうww
……何がわかりにくいかって、それは私のこの感想が一番わかりにくいんですが……;;(笑)
いつものみつるさんのお話より長い感じでしたが描写がうまいのか、あまり長くは感じなかったですね。
それよりこれくらいの方がちょうどいいかもしれません。
後は鷹崎さんがおっしゃってくれていることと似たようなことなので割愛いたしますm(_ _)m
ちょいと今回は厳しめで★1つということで……;
次回に期待です!!^^
★佐藤みつる コメントのみ 2010年7月20日 18時54分52秒
>青嵐さん
見にくるのが遅くなろうとも目を通してコメントをしてくれて…いつも本当にありがとうございます。
青嵐さんのコメントが楽しみになりつつある(笑)

一人称で書いてる割に視点が〜、とおっしゃられて
ん??となりました。そんなにころころ変えてはいないのですが…
美春が死んだあと、秋穂の視点へと変わったのは違和感ありましたか…!
こういう場合どうすれば良いのでしょう、あの、良い案あればぜひメールください←

なかなかいつもどおりに、一気に書き上げることができずに苦戦していますが
それでも優しいコメントで批評していただいて…。
次回に期待されてしまいましたが、次回は一度見せたあの話を投稿するつもりなのであまり期待しないでください…(ガタガタ/小心者)

ありがとうございました!
弓射り 2010年7月20日 22時33分20秒
そうか、勘違いってミスリードっていうとそれっぽいのね(笑
その手法もらった!

さて、弓は鞭ばかり受けている方には飴を差し出すひねくれ糞小僧ですので
良かった点を申します。
同級生とかイジメ、殺人とかってのはありきたりな素材ですが、それにリアリティを求めて奥まで奥まで追求していくのは読み応えがあったと僕は思います。勘違いによる悲劇ってところは、やややり尽くされた感があるのを差し引いても。

ただ、どうしても譲れないのが
>「あ、がっ…あ゙ーーーーーーッ!! ガハッ、ぐぁ、あ゙ぁ゙っ!!」
急にラノベになっちゃったよ。叫び声をそのまま「」に入れるのもそりゃあやり方の一つですが、ここでもっと読者の想像力を刺激する方法はいくらでもあります、安易なほうへ逃げないで。

あと、なんで上のお二方が指摘しないのか不思議なんですが、最後締めを急ぎすぎです。相談室の先生? え、どうしていきなり警察がくるの? と最後はクエスチョンの嵐でした(おそらく作者の意図してない部分の)
あと警察官の一言も残念ながらちょっと笑っちゃいました。
「里中島美春殺害の現行犯(あるいは容疑)で逮捕する」がより正し(?)いのではないでしょうか。

いやに複雑な話でいい脳の運動になりました。
★アクアビット 2010年7月21日 8時12分07秒
書きたいのに書けない、いくら待っても衝動がこない。
すご〜くわかります。
ある日突然、自分の作品が他人のものに思えて、
慌てて自分らしさを探したら、見えてたものまで見えなくなって。
それでも、書き続けることをお勧めします。
発表まで至らなくても、途中で終わってしまっても。
主人公は自分の子……あるいはコイビト。
書き手が愛せない主人公は、読み手もきっと愛してくれない。
ガンバレ、みつるさん!
……私は感覚的だな〜
★佐藤みつる コメントのみ 2010年7月22日 14時54分40秒
>弓射りさん
あ、ありがとうございます!飴なんてそんな!鞭でよかったのに いや別にMというわk(略)
最近友人に進められてライトノベル読んでます。面白いですね。
叫び声は……叫び声は、もう、私がただ単に、それだけの文才しかなかったということで、言い訳はしません。
漫画みたいな表現で、向いてませんね。

長くなりすぎるのがイヤで最後はいつも駆け足です。はい。
それがだめなんでしょうね…。
逮捕の定義がよくわからなかったので、とりあえず未成年だから連行ということに。してみたんですが。
次からはちゃんと調べてから書きます。すみません。
コメントならびに評価ありがとうございました。

>アクアビットさま
主人公はいつでも自分とかけ離れた人ばかり使っている気がします。
なるほど、次からちょっと自分の人生に重ねてやってみようと思います。
抜け出せそうな、抜け出せないような微妙なところでうろうろしています。
もう少したくさん書いて、いつか万全の力で書き上げた作品をアクアビットさんにお見せできるよう頑張ります。
応援の言葉、評価ありがとうございました。
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