好きの反対は無関心だとかいう風潮

「さてね……まず、そもそも風潮なんていうほど世間に普及してるのかねぇ? 『好き』の対義語は当然『嫌い』だという一般常識に対するアンチテーゼっていうだけじゃあないのかね?」
「どうだろうね、せいぜい聞いたことがあるってていどだと思うけど」
「いやいや、けっこうありますって。決まって満面のドヤ顔で、言ってやった感丸出しですから」
「ああ、わかる。イラッとするよな、あれ」
「ふぅん。すると、あれかね、既存の常識を覆す新しい価値観として広まっているということになるのかな」
「で、どうだろう、実際のところ『好き』の対義語は『無関心』というのは適切か、否か?」
「まあ、感覚的には普通に『嫌い』だろ、ってなりますよね」
「うん、その感覚っていうのを常識と呼んでいるのであってな?」
「あ、そうっすよね。すんません」
「おそらくだな、『好き』ってものを量的に考えた場合に、それがゼロのときには好きでも嫌いでもなくどうでも良いってことで、つまり『無関心』という理屈なのだろう」
「なるほど。でもその考え方でいくと『嫌い』の反対はどうなるんだ? 同じように『無関心』ってことになると思うんだが」
「確かに。『無関心』の対義語は『好き』もしくは『嫌い』ということになってしまう」
「また感覚になっちゃいますけど、『無関心』を基点として、ポジティブな方向が『好き』、ネガティブな方向が『嫌い』っていう数直線的な状態がしっくりくる気がします」
「まあそうなるよな。『好き』の反対は『嫌い』で、その中間にどうでも良い『無関心』があるっていう、つまり何の変哲もない当たり前の話」
「なんかすんません……」
「ああ、いやいや、そういうことじゃなくて、常識を覆そうなんつってもそう簡単にいくわけなくってな、堂々巡って元通りに落ち着くのは、まあ当然っていえば当然なんだよ」
「そうそう。でも、疑って、考えることにはいくらかの意義はあるだろう、とね」
「話を戻すけど、『嫌い』の反対は『無関心』だって決めつけるのは早計に思えるんだけど」
「じゃあ、何だと思うんだ? 『嫌い』の反対は?」
「いやそう言われてもスッと出てこないけどさ、なんか引っかかるというか……」
「あ、それ、聞いたんですよ、ドヤ顔してた奴に。そしたら『嫌い』の反対は『生理的にムリ』だって」
「…………」
「…………」
「あ、あれ……?」
「……なるほど。『好き』と『嫌い』とはまったく別ジャンルの意味ということか。常識にとらわれていたのは俺たちのほうだったようだな……」
「はー……なんか俺、得意げに語ったりしちゃって恥ずかしい……」
「やっぱりせいぜい中の下ていどの学力で知性派を気取ろうなんて滑稽だよな……」
「なんか、すんません……」
「めげるな。とにかくだ、『好き』と『嫌い』は同一線上に並ばない、という発想に拠っているわけだ。よって、対義語たりえない、と」
「しかし興味深いね。別に『嫌い』ではないけど『生理的にムリ』っていう状況が成立するってことだ。対象に否定的な態度であることは変わらないのに、その理由に方向性があるんだな」
「ひょっとしたら他人に対する印象というのは、『好き』と『無関心』をx軸、『嫌い』と『生理的にムリ』をy軸とするマトリクスで表されるものなのかもしれない。『好き』であり、同時に『嫌い』でもあるという状態も何ら矛盾することなく成立することになる」
「乙女か!」
「ほんと、少女漫画的だなぁ」
「実際、それ言ってドヤってるのはたいてい女子ですし」
「ううむ、なんとなくなんだが、他人に対する印象っていう全般的な話ではなくて、もっと限定的な状況を想定しているように思えるなぁ……」
「というと?」
「つまり、少女漫画的な?」
「恋愛が物事の中心になる世界観といいたいのか」
「そう、それ。で、あれよ、ようするに『好き』の反対がシンプルに『嫌い』だと困るっていうのが、そもそもの発端にあるんじゃなかろうかと」
「『好き』だけど『嫌い』だという複雑怪奇かつセンシティブな乙女心を表現できなくなってしまうしな」
「いや、そんなかわいげのある話ならいいんだけどさ」
「なんなんだよ。何が言いたいんだよ」
「うん、だからさ……現状『好き』になってもらえてないのは『無関心』だからっていう、逃げ道というか、なんというか……」
「ほう……ようするに、懸想する相手に袖にされたけれども断じて嫌われているわけではないはずだという願望が、それを言わしめているのではないかと、そう主張したいわけだな?」
「そうはっきり言い切るのは気が引けるけど……」
「んー……でもそれってさ、単純に『嫌い』を『無関心』に言い換えてるだけじゃね?」
「言われてみれば、とどのつまりはそういうことだよな」
「なんか、思ったより底が浅かったっすね」
「いや待て! 違う、違うぞ……!」
「な、なんだよ……なんだっていうんだよ。急に大声はやめろよぉ」
「すまん。でも考えてみてくれ。相手に嫌われているのではなくて、関心をもってもらえないだけだと主張する一方で、たとえ嫌われていたとしても――もういっそのこと面と向かって『嫌い』だと言われたとしても、同時に『好き』でいてもらえている可能性を抗弁できるという、二段構えの論法なんじゃないのか……?」
「なっ……!」
「……なんてこった、まったく隙がないじゃないか……!」
「あわわわ、おそろしやぁ、おそろしいことやぁ………」
「…………」
「…………」
「……さて、と……」
「…………」
「よし、まあこのへんにしとこうじゃないか。終わり、閉会!」

この小説について

タイトル 好きの反対は無関心だとかいう風潮
初版 2017年3月4日
改訂 2017年3月4日
小説ID 4894
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こてさきのてばさきの写真
熟練
作家名 ★こてさきのてばさき
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