Remain 5

 彼は本当に二つの才能を奪われたことを認めずに、一日中机の前に向いていた。
「どう言う訳か分からないが、何も思い付かないし書ける気がしない」
 ペンを持ったまま途方にくれていた彼の元に一人の訪問者。
『創作の方は順調だろうか。気になって来てみたよ』
「お久しぶりです小林さん。いえ、少し不調でして」
 彼には一人だけ支援者が居た。
 名前を「小林 春時」と言う。
 小林は個人的に妖しについて調べている存在だ。明治の日本の大衆の間に民俗学への理解は浸透していなく小林は周囲から「物好きな者」と思われていた。だけど妖しについて調べている時こそが小林の至上の喜びだった。
 妖しについては人一倍、熱心に調べている。
 小林は灰色の着物から伸びた手で綺麗に剃られた顎を触っていた。
 それは小林が何かについて考える時の癖だった。
「おや、君は見ない顔だけど誰だろうか。奇怪な白猫の仮面など付けて」
「初めまして。私は夢食いの「魅魔」と言う妖しです」

 そんな言葉を聞くと興味が湧き上がる人間が小林だった。
「妖し……確かに少し怪しげな格好だ、本当に妖しなら僕に少し詳しい話を聞かせてくれないか、僕は妖しについて調べている。夢食いとは何者で何処から来たのだろうか。そしてどのような生活をしているのか教えて欲しい」
「夢食いとは夢より生まれ夢を食らう存在です」
「夢より生まれ夢を食らう……」
 小林が何度聞いても魅魔はそれ以上の返答はしなかった。
 魅魔の説明では物足りないけれど小林は彼女に聞くよりも彼に聞いた方が早いだろうと察した。小林は彼に向けて笑顔を見せる、説明を求めたようだ。彼は下手に隠し支援をしてくれる小林の気分損なうような真似は出来ない。
「触れた物から夢の欠片が離れ、それを食べるようです」
 そして話の流れで、夜市について少し話をした。
「そうか、僕も早速その夜市へ行くことにしよう。案内してくれ」
 彼は昨日の帰りの恐怖を思い出して、行くことを躊躇った。そして魅魔に自分の代わりに小林を案内するように言う。魅魔は不服そうだったけれど「家賃無しで住んでいるなら俺の頼みの一つくらいは聞け」と言うと渋がりながら承諾した。

 ・・・・・・・・・・

 彼から夜市について説明を聞いた小林は、その日のうちに早急に準備を終えて夜に「夜市」へと向かう。その道案内人は魅魔だった。
 魅魔は小林とは少し距離を置いているようだ。
「すまないね、僕のわがままに付き合わせてしまったようだ」
 魅魔が不機嫌かどうかは仮面のせいで分からない。
 だけど忠告とも不満とも取れるような物言い。
「あまり深入りはしない方がいいですよ、我々妖しと人間は本来一緒に居るべきではないのです。住む世界が違う存在ですから」
 小林はそんなありふれた忠告に頷いた。
 小林は理解しつつも疑問に思ったことを口に出した。
「頭では分かっているつもりだよ。だけど一つ聞きたい。魅魔さんはどうして彼と居るんだい。妖しと人は本来一緒に居るべきではないと君自身が言っているのに」
 それは当然の疑問とも言える。魅魔はその問いに問いで返した。
「小林さん、妖しとは一体「何」だと思いますか」
 その予想外の問いに答えることに小林は少し時間がかかった。単純な問いに単純な言葉で答えるためには深い理解が必要だからだ。小林は言葉を選び静かに返す。
「妖しとは人とは違う世界の存在だろう」
「確かにそれも正解ですが、こう言えば伝わるでしょうか」

「――人が語り人が伝え人が作る。それが妖しの全てです。小林さんは語り手です、私たちのことを深く知り後の世へ伝えることによって私たちは消えずに済みます。逆に私たちの存在を否定する人たちが増えれば私たちは消えていきます」
 そして魅魔は一呼吸置いてから付け足した。
「百年後の日本で私たちが存在しているかどうかは「人にかかっている」のです」
「僕が語り手か……なるほど。すると彼の役割は」
「そうです、二葉亭さんは親であって子であって創造者です」
 小林は魅魔の言葉に一定の理解を示した。
「子であると言う表現は正しい、彼の作品は先代の妖し作家たちの作品が下地になったものだからだ。確かに子である。そして今は彼が「親となり」次代へ続く物語を紡いでいるから親でもある」
 この僅かなやり取りは小林が日頃求めていた「答え」に近かった。
 そう話す間に目的地に辿り着いたようだ。
「着きましたよ、ここが夜市です」
「ありがとう。後は案内は不要だ、道も覚えているからもう大丈夫だ」
 その言葉を聞くと魅魔は去って行く時に、そっと一人で呟く。
「それに二葉亭さんは、私がずっと探していた人かもしれませんから」

 ・・・・・・・・・・

 夜市は小林にとってとても有意義なものだった。
「なるほど、確かに人の世とは空気が違う。これが妖しの世界か」
 夜市の情報を予め聞いて知っていた小林は死銭を持ち歩き危険を金で解決し、それどころか少しばかりの土産物を買うことすら出来て良い気になった。当然「別の名」を持ち歩くことも忘れていなかった。
 その日から三夜、取り憑かれたかのように夜市へ通う。
「僕が求めるものがここにはある。知識が埋まっていく」
 そしてまだ見ぬ物を求め知らない場所へと、奥へ奥へと入り込んでしまう。
 夢中で次から次へと探究心を満たしている時だった。
 小林の後ろで声が聞こえた。それは子供の声だった。
『――もういいかい』

 小林は「一体何のことだろう」と後ろを振り向くも声の主の姿は見えない。空耳かもしくは他の会話が耳に残っただけだろうと思ったけれど、今度も後ろから聞こえた。やはり小林に問いかけるかのような子供の声だった。
『――もういいかい』
 小林はその子供の声を不気味だと感じ取る。
 何やら背筋に冷たいものを感じ取って急いで帰路に着くことに。
 帰り道でも姿は見えないまでも「声をかけた何者か」にまだ追われていると感じ取っていた。今も後ろを追って来ているのだろうか、追いつかれればその声の主を見てしまうのだろうか。そう思うと急に小林は怖くなった。
「一体、何者だろう。僕は妖しについて詳しいはずなのにこいつの正体が分からない」
 正体が分からない相手ほど危険な存在は居ないと小林は震えた。
 そして現実世界へ帰って来ても、小林は仕切りに後ろを気にしていた。

後書き

「月と缶チューハイ」より転載。
http://moon-can-zhuhai.info/

この小説について

タイトル Remain 5
初版 2017年4月13日
改訂 2017年4月13日
小説ID 4919
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作家名 ★青樹 凛音
作家ID 1080
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