RED ARROW - 〜紅の護り人10〜

『第九章〜戦闘開始〜』

「よく、ご無事で戻られました」
「お怪我などありませんか」
「お元気そうで何よりです」

皇宮に戻ると、
2人は心配していた人々に囲まれた。

陰陽寮だけでなく、
侍従や女官、
関わりのあった人達が
次々と部屋にやってきては声をかけていく。

謝ったりお礼を言ったり、
忙しく表情を変えて疲れきった最後に、
彼がやってきた。

「何処へ行っていたのですか」

硬い氷の表面が、
内側からの熱で
溶け出しているように感じた。

静まり返った広い部屋に、
空調の機械音が響いて聞こえる。

先生に叱られた生徒のように、
2人は仲良く並んで俯いていた。

「あなた達が行方知れずになって一週間、どれ程わたくしが苦心惨憺(くしんさんたん)したか」

「ごめんなさい」

小さな声で真琴が謝る。

時間の感覚がずれていることに驚いたが、
それどころではないようだ。

紅矢は黙って唇を噛む。

「真琴さん」
「はい」
「何処へ、行っていたのですか」

冷たい声だった。

厳かで近寄りがたい空気を纏う淡河。

これが、本当の淡河なのだろう、と思わせる。

「悪いけど。それは言えない」

萎縮する真琴を庇い、紅矢が一歩前へ出た。

「何故ですか」
「それも、ノー・コメントだ」

目線はほぼ同じ高さ。


手触りの良い真っ白なシャツを着た淡河。
山の土で汚れた半袖の紅矢。

年齢だって、きっとそんなに離れていない。




「……いって」




乾いた音が弾けた。

真琴が、
目をまん丸にして2人を見ていた。

淡河は、
手の甲に残った痺れに、自分で驚いていた。

不意打ちを喰らった紅矢の唇が切れて、
鮮血が滲む。


「何だ。やれるんじゃん」

紅矢の眼が光り、硬い笑顔になった。

「子供の喧嘩」

言いながら固めた紅矢の拳に、
真琴が飛びついて両手を被せた。

「駄目、紅矢!」

そこで我に返った淡河。

「申し訳ないことをしました。紅矢君、許してください」
「いや。許さないね」

一歩離れた淡河に、
紅矢は挑戦的な目を向けたまま言う。

「オレは怪我をしたんだ。条件を付けさせてもらう」

切れた唇、滲む本物の血液。
目眩を感じながら、淡河は頷いていた。

「わかりました。何でしょう」
「真琴を自由にしろ」

淡河が何か言い出す前に、紅矢は畳み掛ける。

「こいつは今後、オレと一緒に外で闘う」

意地悪く細められた瞳が、淡河を見据えていた。

「真琴にミヤコの守護者でいて欲しいんだろ。だったらこの条件は呑むしかないぞ、淡河」

淡河の白く細い指が、
握った手のひらに食い込む。

震える唇を噛みしめて、やがて、淡河は承諾した。

「彼女の絶対の安全を、約束してください」
「当たり前だ、そんなの」



そして、その夜から、
真琴は紅矢と共に
ミヤコの巡回に出掛けるようになったのだ。



夜目にも鮮やかな真紅の巫女服。
これが彼女の戦闘服だった。

首の後ろで縛っていた髪は、
肩の上まで短く切り揃えた。



闘う相手は、鵺や大蜘蛛ではない。



「With my!墜ちろ!」

トツクニー外ツ国ーからの侵入者。

あの時天狗を襲ったのは、
ラウムと呼ばれる烏の悪魔だった。

「Fade them!消え去れ!」

西洋の悪魔達が、
この島を侵略しようと湧き出てくる穴が、
御嶽山中に在る。


地図には無い、六番目の火口湖。


湖とは名ばかりで、
多雨の翌日
僅かな水溜りが出来る程度の窪みだ。

その中央付近に、
底知れない深い穴が開いていた。



「うじゃうじゃいるな!」

和弓を構えた紅矢が息を吐く。

月明かりを塞ぐ勢いで、
空を埋める大量の烏。

「トツクニの魔物は、数が多いのです」

煩い囀りの隙間から聞こえるのは、
落ち着いた天狗の声。

「各々の力は弱いのですが」

天狗の刀が横向きに振り抜かれると、
耳に痛い叫びと一緒に数十羽の烏が霧散した。

「……タ、スケテ……」

また声がした。

「何処からだ。真琴」
「こっち、紅矢」

真琴を先導にして走り寄ると、
ラウムの塊が地面を突いていた。

「イ、タイ……イタ、イ」

黒い塊の下から聞こえる、か細い声。

「おまえら、どけえ!」

紅矢が放つ破魔の矢に、
真琴が焔翠玉の力を載せた。

石を載せた手のひらを上に向けて揃え、
タンポポの綿毛を飛ばすように息を吹く。

焔と翠の名の通り、
炎と水を纏った光の矢が、
ラウムの塊に当たって破裂した。

回転する炎と水は、
破裂後に拡散して
周囲の魔物へも攻撃を与える。

「早くどっか行け」

霧散したラウムの下から這い出てくる、
どこか呑気な日本の妖怪。

背後から集団で襲われて、
毛でも毟られたのか、
しきりに頭を撫でている。

「ア、リガト、アリガト」

呟きながら、
蚤が跳ねるように暗闇へ消えていった。

「きりがないな」

見上げた夜空で闘う、
天狗みたいな強い妖怪は少ない。

そして、
トツクニの魔物はラウムだけではなかった。



「紅矢。あれ」

真琴が紅矢のシャツを引っ張った。

鵺が喰われている。

人みたいなすすり泣きが、
夜の闇に消えていくところだった。

「え。ライオン?」

月明かりに確かめる、
四ツ足の魔物マンティコラ。

獅子の体躯に人間風の顔、
おまけは蠍と同じ毒を持つ尻尾だ。

「気持ち悪いな、あれ。喋るのかな」

離れた位置から弓を構えて、紅矢がぼやく。

大きな口が開き、
ラッパに近い音が鳴り響いた。

静かなミヤコの夜道に、
自動車のクラクションに似た音が反響する。

「真琴、しゃがんでろ」

早口に告げた紅矢の弓が唸る。

蠍の尻尾が一瞬光って見えた、
と同時に
腕に鋭い痛みが走った。

「あいつ、毒針飛ばしやがった」

唸り声を上げて、
額の急所に矢を受けたマンティコラが霧になる。

「紅矢。大丈夫」

しゃがんでいた真琴の傍に膝をつく紅矢。

今夜の敵は殆ど片付いている、
数が減れば、
奴らは撤退するはずだ。

「相打ちだけど。油断したな」

自戒する紅矢の腕が、
月の明るさでも
青黒く変色していくのが分かった。

「やだ。……どうしよう」
「焔翠玉を使え。真琴」

背後から聞こえた涼しい声音に、
2人は同時にその名を呼んだ。

「しらたまちゃん!」
「白珠」

渋柿色の小袖、黒っぽい裃。

「……邪魔な奴らよ」

鍔の無い刀を振る、洗練された動き。

白珠の一閃が、
月の光を吸って扇形に広がり、
敵を殲滅した。

「おまえ。何でもっと早く来ないの」

待ち合わせの学生みたいな紅矢の言い方に、
思わず笑う真琴。

「私の一振りは相手を選ばんからな」

なるほど良く見ると、
向こうの方で逃げ遅れた
日本の妖怪まで霧散している。

白珠は刀を納めると、真琴の手を掴んだ。

「きゃ」

陶磁器のように白く繊細な指先。

冷たいのだが、
神木に触れた時と同じ、
仄かな温もりがある。

鼓動を強めた真琴は頬を染めて、
白珠のすることを見守った。



白珠は真琴の手のひらに焔翠玉を載せ、
上から自分の手を重ねて言った。

「真琴は、紅矢が好きか」
「えっ!」
「は!ちょ、おま。急に何を」

とたんにうろたえ始める2人に、
白珠が出逢ってから初めて、
笑顔を見せた。

雑草の陰でそっと咲くすみれのような、
口元だけの儚い微笑み。

「どうして、そんなこと」

顔を真っ赤に染める
真琴の手が震えている。

「念の入れ方を指南しようと思ってな」


すぐ傍にいる白珠を見つめて、
真琴が決心して口を開くのを、
横から凝視する紅矢。


息が詰まる。



「好き。紅矢のこと、ずっと前から好きだった」



その瞬間だけ、
全ての動きが止まり、
音が消えたように感じた。


ここが何処で、
何をしている最中だったのかも、
忘れかけた。



「……そうか」

白珠の手が、力強く真琴の手を握る。

重なった手の隙間から、陽光が溢れて零れた。

「その光を掬って、傷口に落とせ。傷には触れるなよ」
「は、はい」

僅かに震えを残して、
真琴は反対の手で光を掬い、
青黒い場所へ注いだ。

変色が止まり、小さくなっていく。

「すげえ」
「想いがないと、この業は成功しないのだ」

同時に痛みも消えた腕を擦りながら、
紅矢が白珠を見た。

「じゃ別に、『好き』とかじゃなくても良かったのか」
「そうだな」

考え深く、白珠が頷いた。

「傷を癒したい。治って欲しい。そんな想いで……充分だったかな」
「おまえ、急にボケたふりすんなよ」

くるりと後ろを向いた
白珠の肩が揺れている。

追いかけた紅矢が、
顔を覗き込んだ。

「笑ってるのか、白珠」
「ああ」

暫くして、背筋を伸ばす白珠。

「数百年ぶりだ。こんなに笑ったのは」
「数、百って」

呆れる紅矢。



「白珠神様」

闘いが終わり、
空から天狗が降りてきた。

「そのお姿。お久しゅうございます」
「ああ。久しいな」

挨拶後の会話は簡単なものだったが、
途方もない年月を直に感じて
目が回りそうだった。




「また明日な、真琴」

迎えのリムジンに真琴を押し込み、
紅矢は仮宿へ戻っていく。

「うん。また、明日ね」

振り向かない紅矢の、
背中を見つめる真琴を乗せて、
リムジンが皇宮へ帰っていく。


次に天狗が山へ帰って行き、
静かな夜道に白珠が独り残された。



見上げた夜空に、
薄雲に隠れた月がぼんやりと光っている。


「流されるのが運命なのか、逆らうのが業なのか……」

白珠のため息は細い風になる。



後書き

本当はもっと、紅矢と淡河の
友人的な関わりあいとか
書きたかったのですが、
本編から離れちゃうので割愛。

この小説について

タイトル 〜紅の護り人10〜
初版 2017年4月21日
改訂 2017年4月21日
小説ID 4925
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アクアビットの写真
ぬし
作家名 ★アクアビット
作家ID 666
投稿数 29
★の数 65
活動度 7642
継続の大切さと恐ろしさを実感する今日この頃

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