Retry - 六話 居心地

飼いならされた籠の中の鳥。
そこでしか生き方を知らない鳥。
何不自由のない不自由。
その籠がもし開かれたとしたらその鳥は飛び立つことができるのだろうか。



「さ、何でもお好きなものをどうぞ」
目の前に座る金髪美人がメニューを開いて渡してくる。
都会の中にあるオシャレな造りのこの場所は、喫茶店というよりカフェと呼んだ方が合っている。
メニューに目をやると一般庶民なら腰を抜かす値段が書かれている。
自分の働く喫茶店ならワンコインで飯も食えるのに。

――――そんなことはどうでもいい。

何故自分、東田浩樹は会ったばかりの他人とこうしてカフェにいるのか。
そう、それは先週のことだ。






「何故、あなた達がここにいるんですか?」
夏美「それはこっちの台詞よ!」
バイト中に客として現れたハーフ顔の金髪美人に友人の彼女の夏美が大きな声を挙げていた。

遥「だから誰?」
遥は初対面より覚えがないといった感じだ。

浩樹「大学の知り合いか?」
大志「まぁ知り合いというか」
女性3人から少し距離を置いた場所で小さな声で友人の大志に質問する。

大志「すげぇ状況だぞ、これ」
浩樹「?」
大志「我が大学の三大美女が揃った」
浩樹「どこのギャルゲー設定ですかそれは」
顔のよさで決めているのではないかと言われているくらいの美人揃いの大学、その中のミスなんたらってやつのトップ3が目の前にいる3人だそうだ。

大志「お嬢様系美女、クール系美女、一般系美女」
浩樹「すみません、大したことのなさそうなのが一つ混じってます」
夏美「しょうがないじゃない!私お金持ちじゃないもん!」
なかなかの地獄耳の大志の彼女。

大志「お嬢様系のハーフ美女の藤堂アリサが彼女だ」
浩樹「あぁ金持ってそうな名前だな」
正直どうでもよくなってきていた。

大志「お前、ちゃんと見たのか」
浩樹「何をだ」
大志「彼女の胸」
浩樹「バカじゃねぇの、お前そんなことばっか言って…けしからんなオイ」
気が付かなかったのが不思議なくらい彼女のは大きかった。
そうそれは第一印象が<それ>と言っても過言ではないほどに。

浩樹「何カップあるんだ…あれは」
大志「ワールドカップだ」
浩樹「世界レベル!?」
夢がいっぱい詰まってそうだった。

浩樹「お前の彼女は?」
大志「夏美?わはは、あれはもう予選落」
浩樹「…」
大志「…」
気が付けば大志はすぐ横で鼻から血を流して倒れていた。
すぐ前方では夏美が手を振りながら何事もなかったかのようにアリサと会話をしていた。

浩樹「お前の彼女、波動の使い手か?」
大志「…かもしらん」



アリサ「遥さんは何故ここにいるんですか?」
遥「私?」
質問され、こちらに視線を向ける遥。

遥「彼に会いに」
アリサ「…」
遥「何?」
アリサ「どういった関係ですか?」

そりゃそうだろう。
誰がどう見てもミスマッチの自分と遥。
鈴野遥に彼氏がいるということは噂で知っているのだろう、だがアリサは疑いの視線を向けていた。

遥「…浩樹とは」

一部の人間にしか知らない嘘のうわさ。
仲のいい人にだけ真実を告げてはいるが、さてこの場ではどう伝えるのか。

遥「結婚を前提に付きまとっているわ」
浩樹「ちょっと何言ってるかわかりません」
やはりこのクール系美女はいろいろとぶっ飛んでいた。

アリサ「何故あなたほどの人が…えっと」
浩樹「構いませんよ、俺はどう言われても慣れてます」
アリサ「そうですか…コホン」
そう、自分はクズでもゴミでも言われなれている。

アリサ「何故あなたほどの人がこんなのを」
浩樹「…」
大志「何にも例えてもらえないってさすがだ浩樹」
浩樹「…だろ」

お嬢様の放ったストレートはなかなかの威力だった。

遥「毎日男を何人も連れまわしているアナタにはわからないわよ」
アリサ「あれは勝手に付いてきているのよ」
大志「何とかホイホイみたいだな」
夏美「アンタ黙りなさい」

アリサ「じゃあ質問を変えます、彼のいいところはどこですか?」
遥「…」
浩樹「…」
遥「…」
夏美「あ、ないのね」
大きくため息を付いて、呆れた様子を見せるアリサ。

アリサ「全く、それでどこを好きになったって言うんですか」
遥「存在」
大志「そんな乙女の回答を俺は初めて聞きました」
浩樹「もうやめてっ!」
もう一種の拷問だった。






アリサ「安心してください、ここは我が藤堂グループのカフェですので」
メニューを見ながら自分は先週あった出来事を思い出していた。
あの後、一同が帰ったあとにアリサが再び現れて強制的に予定を組まれ本日ここへと連れて来られたのだ。

アリサ「お客様にはゆっくりしてもらえるように個室なんですよ」
浩樹「そう…すか」
とりあえず何か適当に飲み物を頼べばいいのか。
一般庶民には緊張する場所だった。

「ご注文はお決まりでしょうか」
アリサ「私はいつものでいいです」
浩樹「アイスコーヒー、ホットで」
「それは…どちらでしょうか」
浩樹「…アイスで」
「かしこまりました」
緊張のあまり謎な注文をしてしまう、牛丼並と味噌汁ならスラスラ言えるのに。

アリサ「…」
無言でこちらを見つめだす彼女。
それは決して熱い視線ではないのはわかっている。
にしてもこんなとてつもない美人にそこまで見つめられたらさすがに困る。
何よりも胸がデカい。
そういえば藤堂が苗字でハーフってことは母親が日本人なのだろうか。
そんなことより胸がデカいんだ。

アリサ「……ぃわ」
浩樹「?」
先ほどから表情は変わっていないが、何かを呟きだした。

アリサ「…どうして彼女ほどの人がこんな庶民と…何かあるのかしら」
考えていることが口に出てしまっているレベルではなかった。

アリサ「特別カッコいいわけでもない」
浩樹「…」
アリサ「短気そう」
浩樹「…」
アリサ「学力もなさそうね」
浩樹「…」
アリサ「こんな彼のどこが…」

「お嬢様、考えていることがダダ漏れでございます」
アリサ「ふぇ!?」
「おまたせしました、ごゆっくりどうぞ」
注文の品をテーブルに置き去っていく店員。

アリサ「…ぁ」
浩樹「はる…鈴野さんのことなら何かの勘違いですよ」
アリサ「…勘違い?」
浩樹「自分の気持ちに勘違いしてるんでしょうね」
じゃなきゃあんな美人が自分に恋なんてするわけがない。
きっと間違った何かがあるんだ。

浩樹「あなたも思ったでしょう、俺が珍しいものだって」
そう、遥はそれを恋と勘違いしているに違いないのだ。
冷えたコーヒーを一気に流し込み、席を立つ。

浩樹「だから気にしないでください」
アリサ「…今日は」
浩樹「ちょうどバイトが休みだったので大丈…」
アリサ「お祭りがあるみたいですね」
浩樹「かっこよく決めたつもりなのに、まさかの話の噛み合いのなさにびっくりです」
アリサは窓の外を見ながら呟いていた。
確かに浴衣を着た女性達が同じ方向へと歩いていた。

浩樹「庶民の祭りなんて興味ないでしょう」
アリサ「え、ええっ当然です!」
浩樹「…」
アリサ「そんなものに行こうものなら藤堂家の名が汚れてしまいます」
浩樹「…」
アリサ「ホントくだらな」
浩樹「花火大会もあるみたいですね」
アリサ「まぁ!」
浩樹「…」
わかった、この女はあれだ。

アリサ「今日は無理を言ってしまいましたし」
浩樹「…」
アリサ「しかたなくあなたに付き合ってあげます」
浩樹「自分は帰…」
アリサ「ほら、行きますよ」
金髪巨乳美女は、びっくりするくらいのツンデレさんだった。



小規模でも大規模でもない普通の祭り。
屋台、花火、どこの街にでもある光景。
考えてみれば祭りなんていつぶりだろうか。

浩樹「あんなでかい花火久しぶりだ」
アリサ「…」
アリサは無言で花火を眺めながら歩いていた。
お金持ちのご令嬢が祭りに来て感動しているよくあるありきたりな話だ。

アリサ「あの東山さん」
浩樹「残念ながら東田ですが、何か」
アリサ「浴衣を着ていないとおかしいのですか?」
道行く人の視線を感じたのだろう、少し心配そうな表情を浮かべていた。
そらアンタみたいなのが歩いていたら注目の的だろう。

浩樹「さぁ、そんなことはないと思いますが」
アリサ「あ、そういえば」
浩樹「?」
アリサ「何故皆さんに敬語なのですか?」
思い出したかのように質問をしてくる。

浩樹「人との交流が苦手なんですよ」
アリサ「ですから友人も坂上大志さんしかいないのですね」
浩樹「ほっといてくれますかっ」
アリサ「ふふ」

何をするわけでもない。
ただ祭りの光景を眺めながら歩いているだけ。
それでも彼女は心底楽しそうだった。

浩樹「ん」
アリサ「どうしました?」
そこへ自分の視界に入ったのは道の端で歩くことなく俯いている少年だった。
小学生の低学年くらいだろうか。
騒がしくて賑やかなこの場所で一人だけ空気が違っていた。

アリサ「あの子、一人なんでしょうか」
浩樹「迷子かもしれませんね」
そう言って少年へと歩み寄った。


浩樹「よう少年、どうした迷子か」
「…えっ、あ、ひっ」
声をかけられた事に驚いて、顔を見て再度驚いたパターンですねわかります。

浩樹「親と来たのか?」
「あ、あの…ご、ごめんなさ…」
アリサ「だめですよ、そんな顔では怖がるのもしかたないです」
――――すみません、これデフォルトです。

アリサ「まかせてください」
アリサはしゃがみ込んで少年と同じ目線まで持って行き、事情を聞きだしていた。

アリサ「お母さんと来ていたそうなんですが、はぐれたそうです」
浩樹「でしょうね」
アリサ「どうしましょうか」
浩樹「来る途中に迷子センターがあったんでそこ行きますか」
アリサ「わかりました、ほらおいで」
「…うん」
ちらりとこちらを向いては顔を背けてアリサの手を取って歩き出した。
自分の容姿はそんなにひどいのだろうか。



アリサ「はい、はい、名前は翔太君です」
迷子センターの受付の大人達に事情を説明するアリサ。
翔太と呼ばれた少年は下を向いて泣きそうな表情を浮かべていた。

浩樹「よし、じゃあ後は」
翔太「…」
浩樹「母ちゃんが来るまで遊ぶか」
翔太「…え?」
アリサ「ひ、東田さん?」
浩樹「これ俺の携帯番号なんで、母親が見つかったらここに連絡ください」
机にあった紙に自分の名前と番号を書いて、少年を肩車をする。

翔太「わわっ」
浩樹「もしかしたら母ちゃんも探しているかもしれないしな」
アリサ「…」
浩樹「とりあえず…フランクフルト食おう!」
翔太「ふ、フランク…」
浩樹「食いたくないか?」
翔太「…食べたい!」
浩樹「よしきた」
受付の人は少し慌てた様子だったが、自分はおかまいなしに歩き出した。
アリサは大人達に頭を深く下げ、駆け足でこちらに向かってくる。


祭りを知らないわけじゃない。


アリサ「…ぐっ、私としたことが」
浩樹「見ろよ翔太、あのお嬢様金魚の一匹も捕獲できてねぇぞ」
翔太「お姉ちゃん下手だねぇ」
アリサ「く、屈辱」

楽しみ方を知らないわけじゃない。

浩樹「かき氷10個ください」
アリサ「10個!?」
翔太「そんなにっ」
浩樹「誰が先に腹を下すか勝負だ」
アリサ「ゆっくり食べようね翔太君」
浩樹「ぇえええぇっ」

ちゃんと楽しさという感情知っているんだ。
それをわかってて、自分は全てをシャットアウトしている。




翔太「お兄ちゃん」
浩樹「ん?」
翔太「お姉ちゃんすごい胸してるよね」
浩樹「ほほう、子供のお前にもわかるのか」
近くのゴミ箱に空になった飲み物の容器を捨て、こちらに向かってくるアリサ。

浩樹「いいか、お姉ちゃんが戻ってきたら手を腰にやってこう言うんだ」
翔太の耳元であるワードを呟いたところでアリサが戻ってくる。

アリサ「お待たせしました、あれ?どうかしたんですか?」
不思議そうにキョトン顔しているアリサに、視線を胸元に向けて

浩樹・翔太「けしからんなっ」

アリサ「何を教えているんですかっ!」
顔を真っ赤にして両手を挙げ怒った仕草をするアリサ。
しかしその表情は少し楽しそうにも見えた。




「本当にありがとうございました」
翔太の手を握る母親は深々と頭を下げていた。
彼女も一生懸命翔太を探し、最終的に迷子センターに行ったところで解決した。

浩樹「…いえ」
翔太「また遊ぼうね!」
浩樹「あぁ」
少年に軽く手を挙げる。
あんなに怖がっていたのに変わるものだ。

翔太「お姉ちゃんっ」
アリサ「え?あ、はい?」
翔太「ありがとう!楽しかったよっ」
アリサ「…ぇ」
翔太「またね!」
アリサ「…はい、また」
泣きそうな感情を堪えて、無理矢理笑顔を作って送り出すアリサ。
ずっと、少年達が見えなくなるまでその背中を眺めていた。

アリサ「何故」
浩樹「はい?」
アリサ「何故、迷子センターに預けなかったのかわかりませんでした」
浩樹「…」
アリサ「預けていたら、あの笑顔はなかったんですね」
浩樹「あのまま預けていたらトラウマになってただろうな」
椅子に座って、知らない大人達に囲まれて、ただじっと待つだけの時間。

浩樹「俺みたいなのを作っちゃいけないんスよ」
アリサ「…東田さん」
浩樹「祭りってのは子供にとっては楽しい場なんですから」
これは自分みたいなクソを作らないためにとった行動だった。

浩樹「帰りましょうか」
アリサ「あ、はい」

でも。
なんだかんだ、自分も楽しんでいたのかもしれない。
などとくだらないことを思ってしまっていた自分に少し笑えた。





 この辺で藤堂家を知らない者はいない。
そんな有名な家系に生まれ育った自分を誇りに思っていた。
英才教育を受け、立派に育てられた私にはやはりそういう人間が集まってきていた。
嘘偽りなく言えば、庶民を見下していた。
彼らと違い、自分達は何もかもを持っているのはしかたないことだ、と

だが。
横で眠そうに歩く東田浩樹を見て考え方が変わってきていた。
――――持っているからなんだというのだ。
私が持っているのは、そう<物>でしかない。
持っていることと知っていることは別物だ。
自分の経験なさを知った。


「藤堂さん?」
アリサ「え?」
前方から歩いてくる一同に声をかけられる。
その一同は、いい家柄に育てられた自分と同じ持っているだけの側の人間達。

「やはり藤堂さんでした、こんなところで何をされてるんですか?」
アリサ「え、えっと」
「僕らは一之瀬家のパーティに行っていたんですよ」
「アリサさん来られてなかったから心配していたんですよ」
言葉のマシンガンが苦しかった。

「あら、そちらの…」
横に立つ彼に視線を向ける一同。
そして少し表情を曇らせて彼と自分を交互に見ていた。

別件のパーティを断って他の男と歩いている。
しかもその男は何にも持たない庶民。
言い訳を考えようにも頭が回らない。

「こ、これはどういう…」
浩樹「ありがとうございます、助かりました」
アリサ「…え?」
浩樹「いやぁ財布落としたの全く気が付きませんでしたよ」
そういってこちらに頭を下げてくる浩樹。
その表情の作り方は驚くくらい別人だった。
すさまじい演技力に呆気に取られてしまう。

浩樹「拾っていただいて本当にありがとうございました」
「なんだそういうことでしたか、さすがは藤堂さん」


大きく何かが胸を叩いた気がした。


こちらの世界では借りを作るのが当然。


   翔太「ありがとう!楽しかったよっ」
あの少年の言葉には何の得もなければ見返りもない。
もう会うことのないだろう少年の価値のないお礼。

だけど、
今まで生きてきた中で一番嬉しいありがとうだった。
涙が出そうなほど心が動いた言葉だったんだ。


浩樹「それでは失礼します」

背中を向けて歩いていく浩樹。
彼はすぐこの状況を察して私を庇ったんだ。
ゴミのような目で見られたことに気づいたのに、それでも彼は…。


―――ちっぽけだ、私。


「藤堂さん、よかったらこれから…」
アリサ「待ってください、どこへ行くんですか」
浩樹「ぇ、あ?」
離れていこうとする彼の腕を強く掴んだ。
せっかく庇ったのに何をやっているんだといった表情でこちらを睨みつけてくる。

アリサ「金魚すくいもう一度行きましょう」
浩樹「はぁ!?」
決して自分を捨てるわけではない。

「と、藤堂さん?」
アリサ「すみません、彼とデート中なので失礼しますね」
浩樹「う、ぇええええ」
東田浩樹という冴えない男の手を握って走り出す。


浩樹「ちょ、ちょっ、何考えてんスか」
再度言う、私は藤堂家の人間であることを誇りに思っている。
だから知らないことを知っていこうと決心した。
自分に嘘を付かないように生きようと決心した。


あの鈴野遥が言った、彼の存在自体が好きだという台詞。
やっと理解できた。


アリサ「お祭り、来年も付き合ってくださいねっ」
浩樹「帰りてぇぇえええ!」
本当の自分を出させてくれる。
そして彼の居場所はすごく居心地がいいんだ。

この小説について

タイトル 六話 居心地
初版 2018年9月6日
改訂 2018年9月6日
小説ID 5052
閲覧数 74
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HIROの写真
ぬし
作家名 ★HIRO
作家ID 199
投稿数 36
★の数 52
活動度 4305

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