Retry - 七話 ユメ

黒歴史。
過去の自分を否定する言葉。
そんな言葉は自分にはないと思っている。
なぜなら、今この存在自体が黒で染められているのだから。



ゆっくりと瞼を開く。
視界に映るのはいつもの天井。
何か夢を見ていた気がするがはっきりと思い出せない。
寝ぼけた意識をはっきりさせるために2、3度頭を振る。

夏美「おはよう」
浩樹「おはようございます」

携帯に手を伸ばすとバイトが休みの日にしては早く起きれた時刻が表示されていた。
めずらしいこともあるもんだ。

夏美「ご飯にする?お風呂にする?それともわた…」
浩樹「とりあえず顔洗ってきます」

身体を起き上がらせてのそのそと洗面所へ向かう。
起床時にすることをさっさと済ませ、再びベッドの上へと座り込む。

夏美「ご飯にする?それともわた…」
浩樹「飯で」

大きく背伸びをして何もない休日を何もせず過ごそうと決めた。

夏美「殴っていい?」
浩樹「…その前に何故いるんですか」

つかの間の現実逃避もむなしく、さきほどから自分の顔を覗き込んでくるその存在を受け入れた。

夏美「だって今日休みでしょ?」
浩樹「いや、そうですけど」
夏美「不満そうねー、こんな美人が起こしに来たのに」
浩樹「…」

確かに美人なのは認める。
朝起きてこんな美人が自分の視界に入ったら誰だってびっくりする。
普通に考えたらこれ何てギャルゲー?ってな勢いの状況だろう。

――――普通に考えたら、な。

浩樹「朝起きて友人の彼女が自分の部屋にいたらびっくりします」
江田夏美、茶髪のショートロングの超美人さんは友人の彼女なのだ。

夏美「大志、今日大学の人らと合宿だから」
そういえばそんなことをあいつの口から聞いた気がする。

浩樹「いや、だからといって…遥は?」
夏美「あの子は家の用事で海外よ」
そうだった、それも本人の口から聞いたんだった。

浩樹「勘弁してくださいよ…ってかどうやって入ってきたんですか」
夏美「え?鍵で入ったけど」
浩樹「その鍵は」
夏美「大志が隠し場所知ってた」
自分の彼女に友人の男の家の鍵の在り処を教えるとか…。

きっとあれだ。
友人である自分を信じていると、そういったあれなのだろう。
何事もない、何事も起きないと。

夏美「さ、デートしますか」
浩樹「どうしよう、何事か起きちゃいそうです」
寝起きでまだはっきりと脳が働かない。
友人の彼女に誘惑されている、親友とはいえ間違いなくこれは裏切りの行為だ。

頭を抱えていると手に持っていた携帯にメッセージが届く。
正面には満面の笑みでこちらを見ている夏美。
目を引きつりながらスマホに目をやると、

大志<夏美取り扱い説明書・デート中はたまに甘いものを食わせると機嫌がよくなります>
浩樹「…」
彼氏公認だった。
アホすぎるカップルだった。

夏美「そういや、エロ本ってないの?」
浩樹「お菓子ってないの?みたいな感じで言わんでください」
夏美「ないの?」
浩樹「…ないです」
夏美「ふ〜ん」
身体を洗面所の方に向ける夏美。

夏美「洗濯機の下にあるのは?」
浩樹「参考書です」
夏美「脚のきれいな女ばっかりだったけど?」
浩樹「夢いっぱいの参考書です」
夏美「脚フェチだもんね」
浩樹「ち、ちがいまっ、というか人が寝てる間に漁らないでください」
前までは冷蔵庫の下に隠しておいたが、ある女に簡単に発見され急遽場所を変更したのだ。

夏美「だから今日ショートパンツ穿いてきたのよ」
浩樹「彼氏の友人を誘惑しないでください」
と言いつつも見てしまうのが男。
雑誌に載っているようなモデルよりも綺麗な脚をしている。
動揺しているのをばれないようにするのが必死だった。

浩樹「は…遥に言いつけますよ」
鈴野遥と江田夏美は大学の親友同士である。

夏美「…」
言い返してくると思いきや、急に顔を青ざめ震えだす夏美。

浩樹「え…え?どうしたんスか」
夏美「それはマジやめて」
友情に亀裂が入るのがそんなに嫌なのだろうか。

夏美「先週にね」
浩樹「…はい」
夏美「彼氏がいるって噂を無視してずっと遥に言い寄ってる男がいたのよ」


大学の授業を終え、いつものように遥は夏美と帰宅しようとしていた時。
遥に彼氏がいるという噂を無視して猛烈なアプローチをしてくる男がいた。
金は持ってて、顔もよしの文句のない男。

「鈴野、遊びに行こうぜ」
遥「しつこい」
いつも軽くあしらって終わりのはずだったが、今回だけは違っていた。

夏美「アンタもこりないね、何回来ても無駄だって」
「俺、鈴野と一緒に歩いている彼氏見たんだけどよ」
遥「…」
「マジなのあれ?冗談だろ?」
無言で足を止める遥。

「釣り合ってないにもほどがあるって」
遥「…」
「あんなんといても楽しくないだろ」
遥「…」
「考え直したほうがいいって」
夏美「アンタいい加減に…っ」
そう夏美が言いかけたとき、横に立っていた遥が宙を舞っていたそうだ。

遥「今度私の前で彼の文句を言ってみなさい」
「が、んがっ…」
遥「二度と女を抱けない身体にするわよ」





浩樹「…」
夏美「ミニスカでソバットを放つ女子大生を初めて見ました」
浩樹「ひぃ!」
きっと蹴りを喰らったその男は一生トラウマを抱えて暮らしていくだろう。

浩樹「…その男、どうなったんですか?」
夏美「もう遥に近づくことはなくなったけど…、そういえば」
浩樹「そういえば?」
夏美「その後、藤堂アリサに乗り換えたらしいよ」
その名前には覚えがあった。
先日会ったあのワールドカップの金髪女。

浩樹「あぁ、結局顔がよけりゃ誰でもよかったってことですか」
夏美「でもね」
浩樹「?」
夏美「藤堂アリサにいい寄ってすぐ、彼大学辞めたらしいよ」
浩樹「…」
夏美「誰も行方わからないって」
浩樹「怖すぎて漏れそうです」
どうやら遥にどうこうされる前に、世間から抹消されたようだった。
お嬢様系美女恐るべし。


夏美「ほら、早く準備して行くよっ」
浩樹「マジですか…」
嫌々着替えて準備を整える。
まぁ準備といっても1,2分で終わる程度のこと。

最後に携帯をポケットに入れようとした時、メッセージではなく着信の音が鳴り響く。
画面に表示されていた名前を見て凍りついた。

<鈴野 遥>
この女からのしつこいほどの着信なんて日常茶飯事、だが状況が最悪すぎる。
しかも先ほどとてつもない話を聞かされたばかりだ。

――――そうだ、無視しよう。
この時間なら寝ていたと後々言い訳しても通じるはず。
携帯に手を伸ばそうとした体勢で鳴り止むのを待つ。

遥『あ、もしもし、起きてたんだ?』
忘れていた。
決して忘れていたのはすぐ横にいる存在のことではない。
勝手に通話ボタンを押してスピーカーモードにしたのは誰でもない、夏美だ。
おもしろそうに無言でこちらを伺っていた。
そう忘れていた、こういうことをする女だということを。

遥『浩樹?』
浩樹「あ、え?はいどうしました?」
遥『明日の夕方にはそっちに帰るけど、お土産何がいい?』
浩樹「海外のお土産とかわからないので、まかせますよ」
遥『うん、わかった』
めずらしくすぐに会話を終わらすことができそうだ。
通話を切るボタンに指を乗せようとしたとき。

遥『浩樹』
浩樹「は、はい?」
遥『女の匂いがする』
この女の嗅覚は国境を越えるというのか。
横では噴出しそうなのを堪えている夏美がいる。

浩樹「な、なに言ってんスか」
遥『あはは、だよね〜』
浩樹「あは、は」
遥『…』
しばしの沈黙。


遥『イマ ダレト イルノ?』
浩樹「ひぃっ!!」
腰を抜かしそうになって、ソバットだけは勘弁をと口にしそうになる。
笑顔のまま青ざめた表情で固まる夏美。

遥『冗談冗談、それじゃまた電話するね〜』
浩樹「あ、はははいわかりました」
遥『…』
浩樹「…」
恐怖に耐え切れずこっちから通話終了のボタンを押した。
間違いなく寿命が縮んだ気がする。
あ、いや、死人である自分に寿命も何もないのだが。

夏美「ごめん、冗談で済まなかったね…」
浩樹「あの女…怖すぎる」
起きてすぐに一日分の体力を使った気分だった。



日曜だけあって人の量が半端じゃなかった。
二人は何の目的もなくとりあえずショッピングモールを歩いていた。
真横ではなく、半歩ほど下がったところから付いてくる夏美。
いけないことをしているような気分がして、わざと自分からそうしているのだ。
―――いや、本当はいけないことなんだが。

「ね、ちょっと時間あ…」
夏美「ごめんなさい、男と来てますので」
ナンパ師らしき男に声をかけられ瞬時に自分の腕に絡み付いてくる夏美。
最後まで言わせないあたりさすがである。

夏美「めんどうだからこうしてよっと」
浩樹「い、いや…さすがに…これは」
いたずらをする子供のような表情をこちらに向けてくる夏美。
腕どころかぴったりと身体もくっつけてくる。

いやいや、こうもぴったりとくっつけられたら、
柔らかいあれが、
あれが、

浩樹「…」
夏美「…?」
―――――あたらなかった。

浩樹「ひん」
夏美「貧乳とか言ったら鼻から眼球取り出すよ」
浩樹「…」
夏美「…」
浩樹「ヒンズースクワットに最近興味がありまして」
苦しい言い訳をしたのは当然、いつもの大志と夏美のやりとりを見ているためだ。
この状況を諦める以外選択はなかった。


夏美「ヒロ君さ、将来の夢ってある?」
歩いていると夏美が突然な質問を投げかけてくる。

浩樹「…ありません」
もともとあるはずのない話、それにあったところで死人である自分に叶える事なんてできない。

夏美「ヒロ君とハルが結婚するじゃん?」
浩樹「じゃん?とか恐ろしいこと言わんでください」
夏美「んで私と大志が結婚して」
浩樹「…」
夏美「お互い隣同士に住む」
浩樹「はい?」
夏美「んでお互いの子供が仲良くなって遊んでる」
浩樹「ちょ、ちょっと勝手に話を…」
夏美「そんな光景を見たいってのが私の夢かな」
絶対に叶うわけのない話。
どう転んでも、どうあがいても訪れることのない物語。
死んだ自分には将来すらこないのだ。
結局、夢は所詮夢でしかないんだ。



適当に歩いて、適当に店に入って、結局は何もしない。
友達付き合いすらもわかっていない自分に、女性との付き合いなどわかるはずがない。

ショッピングモールの出口を出た広場にあるベンチに座る。
綺麗な夕焼け、よくもまぁ何もしないのにここまで時間を潰せたものだ。

夏美「ね、ヒロ君」
浩樹「はい?」
夏美「一度でいいから敬語やめてフレンドリーにしてみてよ」
浩樹「お断りします」
夏美「一回、一回だけでいいから!」
浩樹「嫌ですって」
夏美「減るもんじゃないし!」
浩樹「…しつこいですよ」
夏美「あ…」
きびしい言い方に気を落とした夏美は申し訳なさそうに下を向いた。

浩樹「…何か飲み物買ってきます」
空気が重くなったのに耐え切れず、席を立って歩き出す。
別に仲良くなんてしたくない。
だけど、今の言い方はきつかったことくらいは自分でもわかった。
自販機に小銭を入れ、声を挙げるようにため息を付きながらボタンを押した。


浩樹「おまたせ」
夏美「あ、ヒロ君…さっきはごめんしつこかっ…」
浩樹「なっちゃんはカフェオレでよかったよな?」
夏美「うぇ!?」
浩樹「さっきはごめんな、これ奢り」
夏美「あわわわわ」
浩樹「はは、変ななっちゃんだな」
受け取った缶を何度も落としそうになっている夏美。

浩樹「なっちゃん?」
夏美「どうしよう、わ、私には大志がっ」
浩樹「うん?」
夏美「あぁああぁ、頭がぁあああ」
さんざんからかわれてきたからか、実に見ていて愉快だった。



夏美「もう凶器ね…」
浩樹「何がですか?」
夏美「すさまじい威力だったわ」
少なくなったカフェオレを一気に流し込み、荒れた心を落ち着かせていた。
これまで自分の得意とする演技を間近で見てきたが、それでも夏美はその破壊力に圧倒されてしまっていた。
いざというときに使えるかもしれない。

空になった缶を手に持って立ち上がる。
手を夏美の方に差し出して、

浩樹「ほら、なっちゃんの分も捨ててきてあげる」
夏美「も、もうそれはいいってば!」
顔を真っ赤にして手に持っていたものを渡してくる。
笑いながらさきほどの自販機の方へと歩き出した。

何もしていないのに何かをした気分にさせられる一日だった。

缶専用と書かれたゴミ箱に二つ投げ込む。
彼女の元へと視線を向けると、夏美は楽しそうに走り回っている少年を見て微笑んでいた。
後は帰るだけ、と安心しきっていたその時だった。

何かがぶつかる大きな音が上空で鳴り響いた。
大勢の人間が同じ場所に視線を向けた。

視界に入ったのはショッピングモールの最上階あたりから外へと飛び出した大量のキラキラ光る物体。
――――ガラス!?
すごい速度で落ちてくるその場所は運も悪く、走り回っていた少年の真上。
何が起こっているのかわかっていない少年はただ棒立ちになっていた。

夏美「…っ」
膝に乗せていたカバンを投げ捨てて走り出し、少年を抱く夏美。
走って逃げようにも範囲が広すぎる。
それを察したのか、夏美は少年を庇うようにしてしゃがみ込んだ。

――――っ!

この位置ならまだ間に合う。
いや、二人を抱えて走っても無駄だ。
だったら自分の取れる方法は一つ。




全てが一瞬の出来事だった。
全ての人間がその一瞬に目を背けた。
それが幸いといったところか。


事が済んだ後、すぐさま自分は誰も来なさそうな場所へと姿をくらませた。
狭い建物と建物の間で土下座をするような態勢で倒れこんだ。

自分の身体を貫く大量のガラス。
不幸にも大きな破片が心臓に届いていた。
身体から流れ出る血が止まらない。
口から出る血が止まらない。

浩樹「ご…ごふっ」
心臓を貫かれる痛みなど、おそらく自分にしか味わえない。
大丈夫、この身体なら大丈夫、そう言い聞かせ続けた。

《本当に退屈しない存在だねキミは》
苦痛に耐えながら顔を上げるとそこには<ソイツ>が立っていた。
そう、こんな身体にした光の塊の<ソイツ>が。

《さっきの事故での死人を迎えに来たつもりだったんだが》
浩樹「…ざまぁ」
自分が飛び出した結果、こいつの仕事を奪った形となった。

浩樹「…さっさと…連れて、い…けよ」
《残念だがそれはまだできない》
浩樹「…クソが」
《何故君がこんなことになったと思う?》
それは死んだときに聞いた。
本当は東田浩樹は死ぬはずじゃなかった、と。
死人なんて出ないはずだったと。

《あの時、本当は死人が出ていたんだよ》
浩樹「…あ…あぁ?」
そうだ、今回のように死人が出ることになっていたからコイツは現れたのだ。
――――ということは。

《坂上大志、彼だったんだよ》
浩樹「…っ」
《彼の変わりに君が死んだんだ》
浩樹「ふ…ふざ…け」
――――俺はアイツの変わりに死んだというのか。

《その真実を現実に戻すことはできる》
あの時死ぬはずだった大志。
死ぬ必要のなかった自分。
痛みよりも何かとてつもないものが身体中に走る。

《君が望めば、だ》


夏美「ヒロ君!!」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。
親友の彼女の声。

浩樹「…覚え…とけ」
《…》
浩樹「そんな…ことしたら、テメェも…一緒に地獄に連れてってやる」
《ふ、わかりきった質問だったな》
その存在はそう呟いてその場から姿を消した。


浩樹「あ、あぐ…」
自分を探し回っていたのだろう、息を切らせた夏美が駆けつけてくる。
この場から離れろという言葉が出てこない。
目で訴えるように彼女を見るが当然伝わるわけもなく。

夏美「どうしよう、どうしよう…っ」
うずくまる自分を抱きしめ、どうすることもできない彼女は自分の血で汚れていく。

夏美「あ…」
突然彼女の携帯が鳴り響き、液晶には彼の名前が表示されていた。

夏美「…大志っ、どうしよう大志!」
電話の相手は彼女の彼氏であり、自分の親友だった。

夏美「じじ事故で!ガラスが落ちて、ヒロ君が!」
その後に何かを言われたのか、すぐさま携帯を下においてスピーカーモードへと切り替える。

大志『よう』
浩樹「が…お、おう…」
少しずつ言葉が外へと出るようになってきた。

大志『浩樹…』
浩樹「ああ…」
大志『さぞかし今のお前、気持ち悪いんだろうなっ』
浩樹「友達思いの台詞どうもありがとう!」
ツッコミと同時に身体の中でまた何かが切れた音がした。

浩樹「…大志」
大志『…ああ、しかたないさ』
夏美「え…えっ?」
さすがは唯一の親友、これだけで自分が何を言おうとしていたのか理解してくれた。

ガラスの刺さった身体に集中する。
一つ、また一つと破片が抜け落ちていくのがわかる。

夏美「あぁっ…あぁ」
大志『浩樹はな、もう死んでんだよ夏美』
夏美「死んで、る?」
大志『数ヶ月前、事故でな』
あの時の事件のことを語りだす大志。
東田浩樹がすでにもう死んでいること、近いうちにいなくなってしまうこと。
夏美はゆっくりと顔を上げて、目の前に起きているあり得ない現実を見つめていた。
グロテスク、間違いなくこれは気持ち悪い光景。

――――まぁ、この女にどう思われてもいいか。

夏美「どうしよう…大志」
大志『?』
夏美「私、ひどいこと言った」
大志『ひどいこと?』
夏美「将来のこと…」
浩樹「…っ」
それは今朝彼女が言っていた<夢>のことだった。
叶うわけのない夢。
大量の涙を流しながら自分は残酷なことを言った、と。

大志『そうか…』
夏美「ごめん…ヒロ君ごめんね…本当にごめん」
大志『とりあえずこいつが回復する前に、タオルやら服やら買ってきてやれ』
夏美「あ、う、うん、待っててねヒロ君!」
彼女も自分も血で汚れているというのに構わず走り出していた。

大志『浩樹』
浩樹「…あぁ」
大志『いい、女だろ?』
浩樹「………そう、だな」
自分の未来でさえも叶わないことに泣いてくれている彼女に少し感動を覚えた。

大志『今でもアイツはお前が好きだよ』
浩樹「…はぁ?意味…わかんねぇよ」
大志『訪れるはずのお前の春を奪ってしまってたって話よ』
浩樹「あぁ…もう…だから言ってる意味が…」

大志『思ったんだけどよ』
浩樹「…ん」
大志『本当はあの事故のとき…』
浩樹「…」
大志『…いや、なんでもねぇよ』
浩樹「…ふん」
大志『バッテリー少ないから切るぞ、夏美を頼むな』
浩樹「…うるせ」
通話終了の画面が映し出され、自分は回復することに専念した。
ふと、痛みに耐えながらあり得ない光景が頭をよぎっていた。

彼女が言っていた夢の光景を。





夏美「大丈夫?欲しいものとかない?喉渇いてない?」
浩樹「もう大丈夫ですって…」
自室のベッドで横たわる自分の周りを夏美は落ち着かない様子で顔を覗かせていた。
身体の傷はなんとか修復できたものの、全ての血液までは回収できなかったため今現在鉄分不足といったところだ。

浩樹「寝てりゃ戻るんで帰ってください」
夏美「で、でも…」
浩樹「ゆっくり寝かせてください」
夏美「…そうだね」
納得してくれたのか夏美は自分のカバンに手を伸ばして立ち上がる。
が、その場を動こうとしなかった

夏美「…」
浩樹「?」
夏美「ね、ヒロ君」
浩樹「はい?」
夏美「私のね、好きな人誰か知ってる?」
浩樹「…」
彼氏のいる夏美のおかしな質問だった。
彼女は何かを思い出すかのように穏やかな視線をこちらに向けていた。




 私なんて消えてしまえばいいと本気で思った。
恨まれる覚えのない恨み。
親しかった友人にできたばかりの彼氏を紹介してもらった。
毎日毎日ノロケを聞かされ、幸せそうな友人を見てこちらも嬉しく思っていた。

何もしていない。

「アンタなんか消えてしまえ」

友人の彼氏が一目見た私に恋をした。
ただそれだけだった。

何もしていない。

気が付けば、人の彼氏を奪う女というレッテルが貼られていた。
高校卒業間際、気が付けば私の周りには誰もいなくなっていた。

何もしていないのに、存在が否定された。


無気力となった私は最近どこを歩いて何をしているのかすらわからなくなることが多かった。
そんな時、4人組の見知らぬ男たちに声をかけられた。
こんな夜遅くに女子高生が一人で歩いていること自体危ないなんてことはわかっていた。
だけど今の自分にはもうそんなことどうでもよくなっていた。

夏美「うざいから消えて」
冷めた感情を捨てて彼らの横を通り抜けようとした時、腕を掴まれて引っ張られる。

「おい、車に乗せろ」
夏美「ちょ、やめなさいよ!離して!」
男4人に女である自分が力で敵うわけもなかった。

「やべえ超かわいいな、おい早く乗せ…んごぁ!」
自分の脚を掴んでいた男が黒のワゴン車の窓ガラスに頭を突っ込んでいた。


そこで私は<彼ら>と出会ったのだ。

大志「楽しそうなことしてますねぇ」
浩樹「…」
タバコをくわえたおちゃらけ口調の男と、鋭い眼つきをした金髪の男だった。

「誰だお前らっ!」
大志「さぁな!」
現れた二人組みは素人でも見てわかるほどに強かった。
放り出された自分はどうすることもできずにただその光景を眺めていた。

「んご、が…」
大志「んで、お前らどこのチームよ?」
助けに入ってくれた男の内の一人が相手の髪を掴んで何かを聞き出そうとしている。

浩樹「…」
夏美「…あ…」
腰を抜かしていた自分を金髪の彼は見下ろしていた。
寒気が走るような冷たい視線。
まるで道端に落ちているゴミを見ているような眼をこちらに向けていた。

――――違う。
全てを諦めた眼。
全てを捨ててきた眼。

それは自分が悩んでいることすらバカらしく思えてくるくらいの。

大志「しまった全員気絶したよ」
浩樹「大志行くぞ」
誰かが通報したのか、パトカーのサイレンが聞こえてくる。

大志「夜になるとここいらは危ないから気をつけな」
笑顔でこちらにそう言って立ち上がり、背を向ける。
金髪の男もそれに続いて立ち去っていく。

大志「おい浩樹、今の女超かわいかったな」
浩樹「しらねぇよ」
一言も、一言も言葉が出なかった。
私はその二人の背中をただ黙って見送ることしかできなかった。



必死で探した。
あの時自分を助けてくれた二人組みを。
私を元の世界へと戻してくれたあの眼の少年を。
だが有名な二人組み、としか情報を得ることはできず私は高校を卒業した。


大学の入学式。
自分らしくいこう、と心に決めて新しく生まれ変わった気持ちで歩き出した。

やはり入学式当日だけあってサークルの勧誘が多い。
何か始めてみるのも悪くないかな、とそう思っていた。

大志「ごめんな、サークルには入る気ないんだ」
何に入ろうか悩んでいると、前方で見覚えのある男性が歩いていた。
その顔を忘れるはずもなかった。
横には例の彼はいない。

「よかったらウチのサークル入りませんかー?」
止まない勧誘の嵐、私は頭を下げて駆け出した。

夏美「すいません、サークルには入る気ないんで!」
そう言って私は彼に近づいた。
この人に近づけば、きっとあの人と会える、と。





 浩樹「えっと、どうかしたんですか?」
夏美「あ、ううん、何でも」
真剣な表情で少し時間が止まっていた夏美はすぐさまいつもの笑顔に戻していた。

夏美「じゃあ、帰るね」
玄関に向かって歩き出す夏美を自分は眼だけで見送る。

夏美「そうそう、ヒロ君」
浩樹「え?はい?」
夏美「大志から聞いたと思うけど」
横になっていた身体を起き上がらせる。

夏美「私、ヒロ君のこと好きよ」
浩樹「え、あ?はいっ?」
突然の告白に思わず声が裏返ってしまう。

夏美「世界で二番目に、ね」
きっと今日一日の中で一番輝いた表情をしていたかもしれない。

夏美「夢、諦めないからね」

大怪我を負って、死んでいることがバレて、さんざんな一日だったが柄にもない言葉が思わず口に出てしまっていた。

――――悪くない休日だったな、と。

この小説について

タイトル 七話 ユメ
初版 2018年9月23日
改訂 2018年9月23日
小説ID 5053
閲覧数 28
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HIROの写真
ぬし
作家名 ★HIRO
作家ID 199
投稿数 35
★の数 52
活動度 4213

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